マネー侃々諤々
 関和馬

コラム

第2回 インフレは死なず??

 足元では、7月末の日本銀行の利上げとFRB(米連邦制度準備理事会)の利下げ示唆によって為替市場では急速に円高/ドル安が進行し、株式市場は調整局面(直近の高値から10%超下落)が訪れている。世界的にもインフレ率の鈍化が確認されており、日銀を除けば各国の中央銀行は利下げモードに入った。

 しかし、現時点でインフレが死んだと考えるのは早計に思われる。世界経済は構造的なインフレ局面に入ったという分析は少なくない。急進的な政治家の台頭(彼らは緊縮など眼中にない)、地政学リスク、サプライチェーンの再編(経済のブロック化)、増え続ける財政赤字などを考慮すれば、世界経済の真のリスクはインフレの鈍化ではなく近い将来の“再燃”というわけだ。

 早くも次期大統領と目される(決め打ちは禁物だが)米共和党のドナルド・トランプ氏を例に取りたい。

 たとえばトランプ氏は労働力が不足しているこのご時世に、約400万人の不法移民を強制送還しようとしている。彼らの多くは労働集約的なサービス業に従事しており、実行に移されれば米国では賃金インフレが改めて上向く可能性が高まる。

 ここでは移民の是非については論じないが、事実としてインフレに寄与する移民の排除は米国だけでなく欧州などでも機運が高まっており、その長期的な影響は過小評価できない。

 トランプ氏はさらに関税の大幅な引き上げや、財政赤字の拡張(追加的な大型減税)を志向している。トランプ氏が実行しようとしているこうした政策は、FRBに意図している以上の高金利を強いる可能性が高い。高金利はトランプ氏が望むドル安ではなくドル高を促すだろう。

 FRBの信認が著しく毀損されるリスクも捨てきれない。広く知られているように、トランプ氏は自身が精通する不動産セクターや株価の追い風となる低金利、端的に輸出を伸ばすドル安こそが政権運営や米国経済にとって有益だと考えている。そのためインフレ率が高止まりしていたとしても、2026年5月にFRB議長を指名する際、極めてハト派な人物を選考することもあり得る。

 最大のリスクは、米国が1970年代の二の舞を演じることだ。当時の米国はベトナム戦争やリンドン・ジョンソン大統領の「偉大なる社会」計画に対して米政府が巨額支出を行っていた頃で、アーサー・バーンズ議長(当時)が率いるFRBも実質的に政府に従属する形で低金利を続け、その結果、CPI(消費者物価指数)は1979年に13.3%を記録する。

 解決役として登場したのがインフレ・ファイターとして名高い故ポール・ボルカーFRB議長だ。1979年にジミー・カーター大統領の指名を受けてFRB議長に就任したボルカー氏は急激な利上げを実行、1980年代前半に米国の政策金利は一時20%にまで達している。この結果、米国は深刻な景気の二番底を経験した。

 「歴史は韻を踏む」というが、米国が当時と似たようなシナリオを再現したとしても不思議ではない。筆者はインフレの鈍化ではなくインフレの“再燃”こそが真のリスクだと思っている。

【略歴】
関 和馬(せき・かずま)
第二海援隊戦略経済研究所研究員。米中関係とグローバル・マクロを研究中。

関 和馬

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