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対談「どうする日本!」 小黒一正氏×浅井隆氏
第3回 将来のあるべき姿を議論しよう

特集


小黒一正(法政大学教授)
浅井 隆(経済ジャーナリスト)

◇議論が消えた国

浅井  前回の財政問題を筆頭に、日本はあちこちでかなり切羽詰まった状況になっているのに、まったく他人ごとで、何とかなるだろうと多くの人が思っているようです。私は日本がどん底に落ちる最終局面にさしかかったと見ています。財政の悪化と破綻は、そのシステムが滅んで次の時代に移行するシグナルと言われますね。戦後日本のシステムだけでなく、明治維新以降の制度もいよいよ劣化して行き詰まり、どうしようもない状態です。

 政府の借金で矛盾をごまかし、ゾンビ企業が延命し、国債を際限なく発行するなど、低金利で先送りしてきた問題がいよいよ火を噴く兆しが見えた中で、日本の課題を今こそ議論すべきです。前回まで憲法の一新や法体系の抜本的な見直し、道州制、選挙制度や官僚制改革、財政改革を論じましたが、政治改革、教育改革、マスコミ改革、規制改革など待ったなしの課題が山積です。

小黒 痛みを伴っても自力で変わる努力が求められます。例えば財政で危険な兆候は出ているわけですから、これまでの産業構造、社会保障の仕組み、国と地方の関係などの問題をどう変えていくか、具体的な制度設計が必要です。先のシンクタンクの話とつながりますが、物議を醸しても専門家がはっきりものを言うべきでしょう。

浅井  次の新しいこの国の形をどう作っていくかの議論がありませんね。私は運動として議論を起こす試みを、いろいろな人を集めてスタートさせています。

◇ゆがんだ政治主導を見直す

小黒 良かれと思って導入した日本の政治主導でしたが、官僚機構の政策提案機能が失われつつある中で、首相官邸から思いつきのような政策指示がどんどん降ってくるのでは、うまく回るはずがありません。これまでずっと、官僚が政治家と調整しながら事務局を務め、報告書も書いてきました。他国にも政治主導の仕組みはありますが、タスクフォースをしっかり作って専門家が報告書を書きます。オランダでは、現状分析をしっかり行い、問題の所在を特定した上で、例えば社会保障システムをこうすべきという専門家の知見を集めてレポートを作り、その提案に沿って改革が進められていきます。

 それなりの政策を打ち出せる機能を官僚に持たせるために、スペシャリストが必要なら、2~3年で部署が代わって異動するのではなく、調査分析を行う高度な専門知識を備えた人材(例:博士号取得者)を育成し、プールしておく部署も必要ですし、「回転ドア」と呼ばれる民間との人材交流も検討すべきでしょう。専門家のタスクフォースを間に入れて官僚の政治対応を立て直すことも含めて、政策立案の新しいプロセスの設計が必要です。

浅井 組織自体が機能不全を起こしていると言えますか。

小黒 制度設計をきちんとしないまま見直しもなく、政治主導のかけ声だけで進められている現状はまずいと思います。

◇統治機構改革につなげる

浅井 明治維新以来の中央集権体制が限界を迎えて、弊害の方が大きくなりました。日本の地方が本来持っていた多様性がほぼなくなり、永田町や霞が関のバラマキで特殊な利権構造が生まれて、地方は疲弊するばかりです。東京一極集中の是正のためにも、日本型の分権改革が必要でしょう。

小黒 戦前の官選知事、内務省時代の内政の仕組みが、今の地方の自治体制度や、各省の出先機関に受け継がれていて、地方自治の余地は現実にほぼありません。そこに風穴を開けようと頑張ったのが小泉政権期の三位一体改革と地方分権改革一括法でしたが、ほとんど改革できずに終わりました。人口減少が進むなか、都市のコンパクト化を含め、国土空間のあり方をどうするのか。現状の都道府県体制での限界は明らかで、すでにガタガタになっている国と地方の関係を変える議論が必要です。統治機構改革はかなりの難関で、専門家に集中的に議論してもらわないと前進しないでしょう。

◇みんな一緒に沈まないための競争を

浅井 スイスに行って驚いたのは、チューリッヒ州と別の州で法人税率が全然違うことです。私は以前、マン社というイギリスのファンドとお付き合いしていたことがありました。チューリッヒから電車で50分離れた、急行電車が止まらないような田舎の駅前に当時世界最大だったファンドの本社管理部門の小さなビルがあり、なぜこんなところにと聞くと、法人税が倍も違うからだと言うのです。スイスの中でも各州が競争していると知り、新鮮な驚きでした。日本の学校教育や行政、政治もそうですが、護送船団方式で変に競争をさせないシステムになっているところがあり、みんな一緒の横並びでよかった時代もあったとは思いますが、今となっては「沈むときも一緒」になりかねません。

 道州制を導入する意味があるとすれば、多様性と競争の促進ではないでしょうか。中央集権を改める際に、江戸時代の藩の多様性が一つのお手本になる分野があるかもしれません。私は税制や教育がそうなればいいと考えています。

小黒 もう少し分権化したほうがいい分野はありますね。いま日本の教育で「飛び級」は基本的に難しいですが、許容される地域があっていいと思います。またアメリカでは大学から入ってくる海外留学生の優秀な頭脳を、卒業後に国内にどんどん受け入れて、経済活力にしています。(民主党大統領候補の)カマラ・ハリスの両親がその例ですが、日本でも積極的に受け入れる地域があってもいいでしょう。

◇公文書管理法が遅れた弊害

小黒 一つ改めないといけないと私が思うのは、公文書の保存問題です。アメリカの場合は情報公開法より先に公文書管理法、公文書をどう管理するかの哲学が定められました。だから重要な文書は20年から30年開示しないというルールがあります。日本の場合は行政機関情報公開法が1999年、公文書管理法が2009年と10年遅れで制定されたために、最低限の文書以外、行政府が文書を残さない慣行ができてしまいました。応接録も1年しか保存していないと思います。

浅井 まずいですね。

小黒 行政官にとってもどういう経緯で、何がどう決まったのか、大切なことがわからなくなっています。

浅井 法律があるためにかえって保存できなくなったということですね。

小黒 先に情報公開法を作ったのが失敗で、公文書管理法を先に作るべきでした。

浅井 メールや電子データはどうですか。

小黒 数年で消去するケースも多いと思います。私の行政官時代の経験で言いますと、応接録はとても重要で、ある政策に関わった関係者の発言を読めば、この政策がどのように決まったのかのプロセスがわかるのです。いまの役所では伝承で残るだけになっています。

浅井 ひどい状況ですね。

小黒 まずいと思います。当時の福田康夫総理が公文書管理法の重要性を主張して導入しましたが、すでに遅かった。

浅井 専門家がいないからか、それとも官僚と政治家のどちらかが間違っていたのですか。

小黒 議論する順番がわかっておらず、深く考えないで先に情報公開法を作ってしまいました。

浅井 マスメディアの側も、情報公開法を作れと主張したけれども、検証できる素材がなくなり、逆効果になったのではないでしょうか。

小黒 省庁が〇〇史を残すときに、昔は局長のメモなどが残っていて、それを見た上で公開できる文書を決めて構成を組み立てるケースが多かったと思います。いまは元となる文書が残っていません。古い歴史的な資料も含めて、(8割近い)相当な量が廃棄されていると思います。

浅井 歴史の検証ができないのは怖いことで、歴史家は困りますね。「ここでこうしたからこうなっている」という検証がないと、次の時代に進めません。

小黒 外交文書など一部の規定されたものだけは残っていますが、歴史的な検証が難しくなっているのは事実です。

◇改革のための徹底した議論を

小黒 社会課題の解決を考えるとき、矛盾と矛盾がぶつかるところにイノベーションが生まれます。社会に不具合が発生した箇所に次のチャンスがあるわけですが、日本人は突き詰めないで議論を止めます。AもBもどちらも一理あるねとか、いやCやDという意見もあると併記して終わりにするのです。

 一神教の場合は A か B かしかない。どちらが正しいか選択を迫られるので徹底的に議論します。でも日本の場合、どちらか立場をはっきりさせてしまうとムラ社会に入れないという問題がまだ存在しています。

浅井 日本人がディベートをしないのは嫌われたくないからですが、今後はきちんと議論すべきですね。社会保障制度、財政、国と地方の関係など、個別に大きな矛盾が発生していることはわかっていますから、議論をして次の方向性を見つけないといけません。

小黒 何かを選択すれば必ずメリットとデメリットが伴います。だからこそ選ぶために議論を重ねる必要がありますが、難しいからいいよね、で棚上げするケースが多い。

浅井 その通りで、前回の政府に借金を負わせて、ぬるま湯で楽をするといういまの財政のあり方に、日本人の性質がよく表れていると思います。このままでは本当に国が沈んでしまうでしょう。

◇精神的な基盤・再論

小黒 第1回で日本人の倫理・精神面を日常的に醸成する宗教的なものについて触れました。明治維新後の武士道の精神は元勲が世を去り、最終的には明治天皇が亡くなったとき乃木希典夫妻が自決して、象徴的に終わったと言われます。

 戦後はNHKの朝ドラ「虎に翼」で描かれているように、イエ制度をすべて解体していきました。良いか悪いかは別として、アメリカによって価値観が大きく変えられます。これは三島由紀夫が自決のとき問いかけたことですが、逆に戦後民主主義的な、丸山眞男が構築しようと取り組んだ哲学も挫折しました(伊東祐吏「丸山眞男の敗北」)。すべて戦後復興の中で消えていったわけです。そうなると、いまの日本に次世代に残したり、鍛えることができるような精神的なものは何もないのか、という問題が浮かびます。

浅井 日本人の根底には、仏教や神道の気分的なものはありますが、欧米のようなはっきりした形のものはありません。

小黒 いろいろなところに神が宿るアニミズム的なものはまだ存在していると思いますが、近代的な意味では良くも悪くも体系化されていません。日本は自然災害大国なので、大地震に代表される天変地異と、黒船やGHQのような外からのショックが来るとクリーンアップされますが、それまでは深く考えないで、今のまま行こうとするわけです。

 例えばイスラエルの、一度やられたら徹底的にやり返す方針に、国柄の大きな違いを感じます。ホロコーストの犠牲を払ったユダヤ人の歴史的な物語を台無しにしかねないのに、あのようなめちゃくちゃなことをする。

浅井 イスラエルはやりすぎですが、日本にもある程度は激論が必要ですね。幕末に一時、攘夷という過激思想を持ち、激論したことがありました。

小黒 矛盾が噴出している制度をどう変えるか、アイディアをすべて俎上にあげて、これなら整合性がとれるというところまで徹底して議論を闘わせる。海外の研究者からは、矛盾があるなら立て直せばいい、簡単なことじゃないかと言われてしまうのですが、日本では外圧か天災か、大きな衝撃が来ないと解決しません。

浅井 欧米と比べて曖昧で、ディベートしないことが、対決を避ける日本の国民性につながっているわけですね。

小黒 白黒はっきりさせないでおくのは日本人のいいところでもあります。でも、問題解決を曖昧にして先送りすること自体が大きなリスクになったいま、専門家が対峙して激論する時期が10年ぐらいあってもいいと思います。典型的なのは政府の報告書で、官僚が利害を調整した結果、改革を目指して立ち上げた審議会や検討会はどれも結論がなくなってしまうのです。欧米のタスクフォースの報告書を見ると、矛盾を直視して列挙してあり、そのための解決策もちゃんと書いてあります。意見の衝突を恐れないのです。

浅井 衝突を覚悟しないといけない時期に入ったということですね。改革は大変ですが、大きな流れを作るために働いていきましょう。

(構成 編集部)

小黒 一正(おぐろ・かずまさ)
法政大経済部教授。1974年生まれ。
京都大理学部卒業、一橋大大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合研究所主任研究官、一橋大経済研究所準教授などを経て2015年4月より現職。専門は公共経済学。著書に『財政危機の深層』(NHK出版新書)『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)など。
浅井 隆 (あさい・たかし)
経済ジャーナリスト。1954年生まれ。
早稲田大学政治経済学部中退後、毎日新聞社に入社。1994年に独立。1996年、新しい形態の21世紀型情報商社「第二海援隊」を設立。主な著書に『大不況サバイバル読本』(徳間書店)『ドルの正しい持ち方』(第二海援隊)など多数。
小黒 一正

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