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特集 日本社会の課題は何か
ロイド・パリー英タイムズ紙東京支局長に聞く

「日本のマスメディア報道は抑制しているように映る」と語るリチャード・ロイド・パリー氏

特集

 日本の政治・社会の課題について、今回は海外からの視点でお話を聞きました。
 伺ったのは日本での取材活動が30年近くに及ぶリチャード・ロイド・パリー氏。聞き手は経済ジャーナリストの浅井隆氏です。

◇「日本病」への見方

パリー 本日はお越しくださりありがとうございます。

浅井 忌憚のないご意見をお聞かせください。まず大きな課題から始めます。いまの日本は世界の変化に対応できなくなっていると思います。世界最悪の財政赤字、止まらない少子高齢化、イノベーションの欠如による成長できない体質、国民のモラル低下という重大な問題に直面する現状を私は「ジャパン・プロブレム」と形容していますが、パリーさんはどうご覧になっていますか。

パリー 最初にお断りしたいのは、私は特派員として日本と担当するアジア地域の日々のニュースをレポートし分析するのが仕事で、現在起きている基調的な動きを深く考察することはあっても、「ジャパン・プロブレム」の解決策を知る人間ではありません。また私は日本に長く滞在していますが日本語の理解は十分ではなく、新聞やテレビなど日本のメディア報道は英語に翻訳されたものを通じてしか接していません。ですから謙遜ではなく、日本のメディアを日本語で理解している人と比べて、私は日本を論じる専門性に欠けると申し上げておきます。

 その上で、ご指摘の点はその通りで、いずれも非常に難しい課題と思います。いまここで「スーパー解決策」を示すことはできません。ただ一つ言えることは、日本だけがそうした問題と格闘しているわけではなく、いずれの課題も日本だけが直面するユニークなものとは言えません。出生率の低下と高齢化については、日本が世界の先頭を行っていますが、他国も、特に西欧と中国が日本の後を追っています。タイムズ紙とその読者も日本の高齢化に関心があり、私も何度も記事を書いてきましたが、それは私たちの国もじきに日本に追いつく状況だからです。

 財政赤字については、私の30年近い日本滞在中ずっと高いレベルの赤字が続いて、人々は破滅的なことが起きるのを心配してきました。私はエコノミストではなく門外漢ですが、英国については、政府が借金をした方がいい時もあるのを知っています。例えば2008年の経済危機(リーマンショック)の後、2010年に政権に就いた保守党内閣は「緊縮財政austerity」と呼ばれる政策に乗り出しました。借金を減らし、公的支出を減らし、賢い主婦のように、収入の範囲内でしか支出しないという考え方で、帳尻を合わせるために公共サービスのカット、公教育の予算カット、政府支出全般をカットしたのです。それは家計なら賢明なポリシーですが、国家では違います。私たちが目撃したのは破滅的な政策でした。英政府はいまだにこのときの痛手から回復していません。今年(2024年)の総選挙で保守党が敗れて政権の座を明け渡した原因の一端がこれです。NHS(国民保健サービス)はひどい状態になり、教育は劣化し、社会福祉サービスは激減したのです。緊縮財政の代替案は、政府が借金して支出し、経済成長させることでした。なぜなら経済が成長すれば税収が増えて政府支出も確保できます。こうして経済を築けるのです。

 私はこの問題の専門家ではなく、問いにお答えする最適な人物ではありませんが、政府債務はそれ自体が問題ではなく、政府への信頼を損なう点においてのみ問題になると思います。

◇日本政治の特徴

浅井 かつてパリーさんは雑誌『選択』の2011年8月号で、日本の政治の劣化の原因は日本人の民度の低さにあるとして、「国民自体の意識が変わらなければ政治家の資質など変わるはずがない。(中略)あらゆる啓蒙活動を通じて民度の向上を図るしか手はない」と答えていました。私が一番衝撃を受けて納得したのは、制度、システムを変えてもだめで、民度を上げるための長期的努力が必要というところでしたが、そこについて詳しくお聞かせください。

パリー 私が初めて日本に来たとき、見た目では日本と英国の政治システムがよく似ていること、英国と同じように議院内閣制(ウェストミンスターシステム)で二院制であり、内閣の一員である総理大臣がいて、政党が競合していて、総選挙があると理解していました。自由民主主義があり、自由な報道ができるマスメディア、秘密投票と公正な選挙があります。独立した司法は信頼されており、裁判官を買収したり脅迫することはできません。日本には民主主義を機能させるすべての構成要素がそろっています。しかし、日本の政治は英国政治とはとても違うと感じます。なぜか。私はこのことを長い間考えてきました。

 第一に大きく違うのはマスメディアです。日本のマスメディアの報道は常に抑制されていて、権力を握る政治家への正面きっての批判を控えます。第二は選挙システムで、二大政党制を唱えても民主党が強かったのは数年だけですぐに挫折し、常に自民党だけが多くの議席を取る、ほぼ一党支配国家に近いことです。

 日本人と会話していて時々感じるのは、日本人の一定の人は政治を津波や地震のような自然災害のようにとらえており、自分たちを政治に傷つけられた被害者のように言います。そんなことはもちろんなくて、自由民主主義ですから、日本人は自分たちがどんな政治家を選ぶかに責任を負っています。

 以前は、なぜ違うのか、どうして私はそう感じるのかよく考えていました。あるとき、今となっては昔ですが、印象的な出来事がありました。当時の総理大臣は小渕恵三氏で、野党民主党の代表は鳩山由紀夫氏でした。英国議会では議員が大臣や首相に質問できる制度をクエスチョンタイムといい、週に一度は首相に質問ができますが、その際は野党第一党の党首が質問するため、党首討論とも言われます。与野党の党首は一対一で顔をつきあわせて、野党党首は首相に攻撃的に挑みます。もちろん首相も激しく応酬し、議論は熱を帯び、とてもドラマチックで劇場型になります。対決スタイルです。長い間、日本のメディアは党首討論を日本でも採用するよう主張してきました。英国の党首討論の歴史の記事を書くというので私に取材が来たこともあります。そしてついに1999年11月、日本初となる党首討論が行われました。鳩山代表が立ち上がって、小渕首相に面と向かって最初に放った質問は「きょう総理は朝なにを召し上がったでしょうか」でした。ダイナミックな対決で日本政治に新しいエネルギーを注入するはずの新制度のスタートがこれで、鳩山氏の質問はどれも期待外れでした。

 私はこれを見て、なぜ日英の政治が違うか、わかったように思いました。日本では、人々は対決するのをとても嫌がります。対立相手に面と向かって攻撃的に挑戦することが非常に難しいというのです。英国ではそれは「陛下の野党」の仕事として当然だとみなされます。与党に異議を申し立てて議論するのが国家への忠誠を果たす最良のことと考えられるからです。しかし日本では、政治家だけでなく一般の人々も、お互いが激しく攻撃的に対決することにとても消極的です。無礼な人、おこがましい傲岸な人と思われたくないからです。

◇国民性の違い

浅井 英国と違って、日本人はディベートをしないですね。

パリー そうです。以降はそれが一般的なのだと考えるようになりました。私は日本での暮らしがとても長くなったので、時々「なぜこんなに長くとどまるのか」と自問します。外国にこれほど長く滞在し続ける理由は、私が日本社会を好きだからです。最も気に入っているところは、英国人よりも日本人がナイスだからではありません。ひどい日本人もたくさんいます。ところがひどい人でも、日本人は概して礼儀正しいのです。嫌いな人でも、間接的かつオブラートに包んで、礼儀正しくゆっくり(嫌っていることを)わからせようとします。これが日本を住みやすい国にしているのだと思います。年に数回英国に帰国するのですが、私はいつも英国人を「なんて無礼な人たちだろう」と思ってしまいます。

浅井 フランスは大革命をやって、アメリカは独立戦争をしました。イギリスは清教徒革命がありました。革命や独立戦争を経た国民性と、日本は明治維新こそありましたが戦っていたのは武士だけで、一般民衆は関係ありませんでしたから、そのあたりの歴史的な違いが国民性を作っているのでしょうか。

パリー おっしゃるように起源は古く、歴史的なものでしょう。結果的にそれが日本を住みやすい社会にしたことは確かですが、政治については、対決を避けているうちは二大政党制を機能させるのは困難でしょう。同時にジャーナリストが権力者と対決しない限り、ダイナミックなマスメディアが実現することも難しいと思います。
私には相反する2つの考えが併存しています。人々が決定的に対決することを避けてコンセンサスを見つけようとする、今日の日本社会の生活を好んでいるのは事実です。しかしそれは政治システムにとっては有害です。

 日本政治に争いごとがないと言っているのではありません。もちろん政治家は争っていますが、それは議会でオープンに対決して、劇場型の議論をたたかわせることによってではなく、もっと違う、別の交渉のスタイルで争っているわけです。

◇日本を変えていくために必要な教育

浅井
 以前にパリーさんはこう指摘しています。日本については「長い歴史の中で形成された気質を変えるには相当な時間を要する」「その長く緩慢な変化を耐え忍び、あらゆる啓蒙活動を通じて取り組む長期的な努力が必要だ」とおっしゃっておられましたが、どんな活動が考えられるでしょうか。

パリー いまの私には過去の自分の発言が印象的に響きますね。現在の私は当時よりもその質問に簡単に答える自信がありませんが、その中心にあるのは、民主主義では人々が自分たちで政治家を選んだ責任があるということです。制度が悪いと言っても意味がなく、政治家の欠陥は一般的にそれを選んだ社会の反映であると考えられます。

 日本の政治家も変化していると思いますが、かなりゆっくりです。日本の政治家はエリート教育を受けた人に固められつつあって、その多くが二世議員です。ですから政治家の質を向上させるには、多様性を高める必要があります。女性や若い世代だけではなく、多様な背景をもつ政治家を増やさねばなりません。ただしそれは日本に限ったことではなく、世界のどの国についても言えます。

浅井 私が一番印象に残った長期的な啓蒙活動、これはやはり必要ですね?

パリー 答えは難しいですが、女性を政治に参加しやすくすることと、さまざまな背景をもつ若者の参加を促すことだと思います。さらにその先にあるのは教育の役割でしょう。長期的な見通しを立てるために本当に考えなければならないことを箇条書きにしたリストはありません。でも結局は、権威や権力者に対して難しい質問をすることは許されると教えるだけでなく、良いことなのだと教えることが肝要と思います。

浅井 私も日本の教育にずっと問題意識をもっています。まず子供の個性を育てない。答えはこれだよと教えこんで1つの回答を記憶させる。しかもその目的は東大を目指すため。これらすべてを私は変えないといけないと思っていますが、いかがでしょう。

パリー 日本の教育システムは素晴らしい長所をもっていると思います。私の二人の子供は日本の小学校に通わせて、本当に良い学業のスタートを切ることができました。でも高校生になると、おそらくあなたの言う通りで、挑戦を促したり疑問を深められるような教育に欠けるのは事実でしょう。

 私が今夏に書いた記事で興味深い事例がありました。沖縄での事例です。県議会議員の選挙が終わった2日後に、昨年12月と今年5月に2件起きた米兵による性犯罪を隠していたことが明らかになりました。玉城デニー知事にも知らされておらず、政府は事件を公表すれば選挙に影響があり、玉城知事を支えるオール沖縄に有利になると考えたのは明らかです。私は自分の記事で引用しようと、知事や沖縄で要職にある人が「政府は政治的目的のために事実を隠蔽した」と発言していないか探したのですがみつかりません。同僚にも探してもらったのですが、沖縄の要人は誰も公式の場でそういう発言をしていませんでした。もちろん、政府への怒りは何度も表明されていますが、「政府が嘘をついた」とは言わないのです。先ほど述べたように、醜い真実を堂々と指摘して、表立った対決に発展するのを避ける日本的な気質がよく表れていると思いました。

◇違いをこえてポピュリズムに対峙する

浅井 私はどうしても日本を改革しなければならないと考えており、そのための新しい政党が必要だと思っていますが、それについてはどう思われますか。

パリー 現状の問題をもたらしている原因はもっと根本的なところにあると思います。私が来日してから今まで数多くの新党が生まれましたが、彼らは状況を変革することができませんでした。

浅井 改革のためには日本人の民度を変えるしかないですか。

パリー 日本の人々のレベルが低いとは思いません。私がこんなに長く日本に滞在しているのは日本を愛しているからで、日本は世界的にみて非常にうまくいった社会であると思います。西ヨーロッパや北米の国々の成功例をみて、日本もそうなりたいと極端に高いレベルの成功を求めてしまうのかもしれませんが、社会的なまとまりの強さ、犯罪率の低さ、教育レベルの高さ、創造的でダイナミックな社会を作り出すことにじゅうぶんに成功していると思います。

 英国政治と比べて日本の政治が異質である理由はもっと複雑で、政治家が日本的な「美徳virtue」に縛られているせいだと思います。ですから安易に日本叩きをするような立場には与したくありません。変革のためのシンプルでたやすい処方箋はないと思いますし、そう主張する人に対して私は懐疑的です。それほど簡単に変えることはできないでしょうし、そうした解決策が望ましいとも思えないのです。

浅井 日本人が政治に関わろうとしないというのが問題のポイントでしょうか。

パリー 多数決制の議会民主主義や二大政党の対決モデルは、英国人ほどは日本人には適していないかもしれません。英国人は攻撃的で議論好きなので制度が機能します。日本人は違うやり方でコンセンサスを構築することを好むようです。文化的な性質に起因する問題ですから、いい面と悪い面のどちらも指摘することができると思います。

 私はもちろん日本が議会制民主主義を放棄せよなどと言っているのではありません。日本で民主主義はじゅうぶん機能していると思います。かつての私は相違点の大きさに驚いていましたが、今では理解できると思うようになりました。

浅井 最後の質問として、D・トランプという人をどう思われますか。私はアメリカをぐちゃぐちゃにしていて、世界もぐちゃぐちゃになると思っているのですが。

パリー トランプ氏について独自の見解を述べることは難しく、多くの人と同じように、私も彼のパーソナリティ、自分勝手さ、冷酷な発言にうんざりしています。最もうんざりするのは彼がアメリカ政治で大成功を収めたことで、まさに現在のアメリカ人の民度にふさわしい政治家ということになります。トランプは病の症状ではなく病の兆候だと言った人がいました。深くて大きな、恐ろしい変化が世界で起きています。米国の長期的衰退と世界覇権からの転落を象徴する人物であり、後世の歴史家はトランプをその大変化の原因ではなく兆候の一つとみるようになると思っています。

浅井 本日は深いお話をお聞きすることができました。ありがとうございました。

【略歴】
リチャード・ロイド・パリー
英国「ザ・タイムズ」紙アジア編集長および東京支局長。1969年生まれ、英マージーサイド州出身。オックスフォード大学卒。1995年にインディペンデント紙の東京特派員として来日。2002年よりタイムズ紙へ。東京を拠点に北東アジアや東南アジア地域を主に担当。これまでにアフガニスタン、イラク、コソボ、マケドニアなど27カ国・地域を取材し、イラク戦争、北朝鮮危機、タイやミャンマーの政変、東日本大震災などを報じてきた。2005年には、インド洋大津波の取材と二重被爆者の故・山口彊(つとむ)氏へのインタビューでBBC(英国放送協会)番組の「今年の外国特派員」賞を受賞。主な著書に『黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件の真実』(ハヤカワ文庫)、『狂気の時代 魔術・暴力・混沌のインドネシアをゆく』(みすず書房)。『津波の霊たち 3・11死と生の物語』(ハヤカワ文庫)は英国の文学賞「ラスボーンズ・フォリオ賞」を受賞。

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