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政治不信下の総選挙 
新政権と自民・立憲民主党の課題 
政治学者・飯尾潤氏に聞く

首相官邸の主・石破新総理大臣への国民の審判はどう下るか。

政治・外交

第1回 新政権の課題と政治資金問題

 政治資金問題で国民の政治不信が強まっている中、10月1日に発足したばかりの石破茂内閣は9日に衆議院を解散しました。15日公示・27日投開票で2021年以来の総選挙が行われます。新政権と自民党の課題は何か、野
党第一党の立憲民主党はどう対峙していくのか、そして政治資金問題のポイントと打開策は何か、政党はどう変わるべきか。政治学者の飯尾潤氏(政策研究大学院大学教授)に2回に分けて語ってもらいました。

◇石破政権に必須の「国民との対話」
 自民党の総裁選は混戦となり、石破茂さんが辛勝しました。今は総選挙なので、とにかく団結せざるを得ないという状況になっていますが、総裁選では遠心力が働き、バラバラになる感じがありました。勝ち抜いた
石破さんは、随分前から総理総裁を目指してきた以上、これまでとは違う新たな政権運営をしていけるかとともに、どのようにして自民党をまとめていくのかが大きなポイントだと思います。

 これまでの政権についての不満が解消される政権になり得るかどうかです。言い換えれば、本人が言う「対話」が、どうしたら可能かということです。「国民と対話しながら」ということが、安倍政権以降、非常に弱かった。「自分はこうだ」という人ばかりでしたが、石破さんはどうなるのか。国民と対話しながら物事を決めて、国民にやる気を起こさせるような内閣を作れるかどうかということです。岸田文雄内閣でも政策の打ち出しは山ほどやっているわけですが、国民にはさっぱり響かなかった。掲げる政策を国民の間で受け止めるようにできるかどうか、というのが大切なのではないでしょうか。

◇地味だが「脱安倍」で勝負に出た布陣
 閣僚人事は本当に地味ですが、よくよく見ると、それなりに考えている印象です。雌伏の間に、人事のアイデアを温めてきたのだなということがよくわかります。初入閣の人が多いですが、実は党の方で政策を見ていたという人が多い。て、そういう人に実力があって仕事を回せるかどうか。安倍晋三内閣以降、同じような人ばかりやっていたので、できる人が限られるように見えていましたが、それ以外に実力のある人がいたのかどうかが問われています。党内バランスに配慮するのではなく、自分の好みを前面に出して、勝負に出ていることは確かです。ただ、これが選挙にプラスの布陣かというと、どうでしょうか。「脱安倍」ということを明確にしたことは間違いなく、その点で覚悟を決めたのだろうと思いますが、安倍路線の代わりに何を訴えるのかが問題でしょう。しかし、それでも思い定めて(総選挙を)やろうというわけです。石破さんが本当に新し
い自民党を見せられるかどうかが注目点でしょうね。

 岸田路線の継承と言っていますが、岸田さんが「脱安倍」の側面と、安倍さんの後を継いだという側面で苦労しているのを見て、割り切っているのかもしれません。岸田前首相自身と石破新首相が考えていることは
意外に近かったというようにも見えます。岸田さんに言われて方針を出したというよりは、自然に立場が近くなったのかもしれません。

◇立憲民主党の野田体制に問われること
 野田佳彦さんが勝った立憲民主党の代表選は、自民党と違ってあまり遠心力が働かなかった。党がバラバラになるかもしれないと思いましたが、意外にも代表選挙のおかげで固まってきたと思います。偶然にも求心
力が高まっている。しかし、野田さんの人事が上手でなかったので、ガタガタになる危険もありました。今は総選挙だから抑えているのかもしれません。不安は残りますが、当面の団結はできているのではないでしょう
か。

 ただ、それだけではなく、アピールするものがあるのかと言うことが問われています。(自民党の失点の)反射的効果だけではそれほど議席を大きくは伸ばせないでしょう。政権を取りに行くと野田さんが言ってい
るわけですから、それでは困ります。このとき候補者調整が先に来るというのは順序が逆で、やはり立憲民主党自身に魅力がないとダメです。立憲民主党自身の魅力がまだ出せていない。演説の力で何とかしたいと狙っ
て、国会でもっと議論をしたかったのは分かりますが、党としてもう少し、何をやろうとしているのか、骨太のメッセージが出せるのかが問われているわけです。


10月27日の衆院選投開票に向けて各党が舌戦を繰り広げる。

◇3年前から政権取りを準備すべきだった
 野党は選挙がないと政権を取れないのですから、(前回の総選挙で負けた)3年前から準備してなければいけませんでした。3年前から臥薪嘗胆で準備してきた成果を、今こそ出すのでないといけなません。そこの
部分がないと、政権を取りに行く野党第一党として不信感を持たれてもやむを得ないのではないでしょうか。党内の人事は、野田さんが自分は古いと思っているので、できるだけ新しい色を出したいということでし
た。ところが党内の勢力がいろいろあって、なかなか調整がうまくいかない。野田さんの意欲はわかりますが、もう一工夫ほしかったところです。野党のネクストキャビネット(次の内閣)と言ってもあまり見てもらえ
ないので、党役員人事でどこまで見せられるかということだと思います。

 とはいえ、野田さんになったこと自体は、発信力があるのでプラスでしょう。自民党が高市早苗さんだったらもっと大きなプラスだったと思います。石破さんになったので似た者同士になってしまって、そこで争う
しかなくなりました。それでも、それなりに敵も認める立派な旗頭ができたので、やはりそこはプラスだと思います。

◇政治資金問題で重要な第三者機関の設置 
 先に述べた訴えが国民に響くには、今はやはり政治資金問題にきちんと解決策を出すことです。国民の不満は大きいのです。まずは政治資金を監視する第三者機関(改正政治資金規正法の付則に明記)をきちんと作
るかどうかで、そのことが見えてくると思います。今の政治資金規正法では、報告書を出しっぱなしで、きちんとしたチェックをする機関がありません。それがないと、報告書の中身が正しいのかどうか、よく分からな
いというのが実態でしょう。

 第三者機関の設置は自民党と公明党の連立合意にあります。(合意文書に「政治資金に関する独立性が確保された機関」の設置を記載) まだ内容は練れていないですが、公明党が一生懸命ですから、自民党は押さ
れるでしょう。公明党はそれをやらないと自民党と同類だと思われかねないので頑張ると思います。骨抜きにしようとする人は自民党には多いでしょうが、そういう態度が見えると選挙で厳しい批判にさらされると思い
ます。

 ただ、世間に第三者機関の重要性がまだ十分に伝わってないことは少し問題かもしれません。やはり政治資金の透明化のための仕組みが必要なのです。それを実現するためには、まずは第三者機関が不可欠です。政
治資金問題は「合意争点」(多くの有権者に合意されている争点)にすべき問題ですから、無理に対立しなくてもいいと私は思います。ところが、対立するものしか野党は持ってこないし、メディアも、それしか取り上
げない。これはおかしな話です。選挙の時には「合意争点」として各党みんなが言う改革が実現しやすい。それが党利党略でない政治改革です。党利党略だと、今までのことをそれぞれ言い合って、結局何も変わらなく
なってしまいます。

 国民からすると、政治家はみんなきちんとしてくれということですから、「国民対政治家」という対立になってしまっています。ところが、政治家には、そうした国民との間の距離が大きいことへの危機感が薄いよ
うです。野党が議席を伸ばせないのもそれでしょう。野党は自民党が乗ってこざるを得ないようなことを持ちかけていくのがいいのです。

◇政治資金は公益法人並みの会計報告を
 裏金問題は、まさに自民党の弱いところが出ています。マネーロンダリングというのは、普通は裏で得たお金を表で使える金にするわけですが、今回は派閥で表に出せるお金をわざわざ裏金にするという、逆マネー
ロンダリングが行われていました。なぜそうかというと、政治の基本が個人だからです。個人が好き勝手に使えるお金でないと意味がないからです。しかし、出す方の世の中は、個人に出すより政党や派閥の方がまだマ
シだと思っている。政党大元には政党交付金もあります。世の中は変わっているのに政治家が遅れているのです。そのことが実は国民の怒りを産んでいることに気がついてない。普通に商売する人やサラリーマンは、ど
うしてあんな裏金ができるのか不思議に思っているわけです。ところが、政治資金は無税なのに、会計処理もいい加減だと疑われている。

 政治資金の面から見ても政党に組織性がないことが分ります。それは個人で選挙をしているからです。政党交付金などは政党の資金ですから、それをもとに政党職員が各地で活動したらいいのに、政治家個人に資金
を渡して、その政治家が秘書を雇って活動を展開しているからです。それだけでは足りないといって、政治家は資金の手当てに一生懸命にならざるを得ない。政治活動の合理化が必要な時代に来ています。

 私は、政治資金は無税にしている以上、政党や少なくとも国会議員関連の政治団体には公益法人並みの会計報告を義務付けるしかないと思っています。そのための一歩目が先に述べた第三者機関です。政治資金規正
法は構造的に問題があるので、第三者機関を強力なものにして政治資金を監督する必要があると思います。

◇つまずきかかっている安全保障問題
 石破首相は安全保障問題に精通していると自任していますが、本当にそうかということが問われてきます。安全保障では、そんなに選択肢があるわけではないと思いますし、石破さんが言ってきた課題は(総裁選で
主張したアジア版NATO、日米地位協定改定など)粘り強い交渉が必要なものばかりです。よく得意分野でつまずくと言いますが、安全保障は慎重に、しかし着実に進めるという難しい舵取りが必要ではないでしょう
か。

 石破さんは、自分なりに納得したら、それをさらに組み直すとことがあまりない人ですね。それを自覚して慎重に進められるかどうかがポイントだと思います。

◇解散時期の変更で見えた政権の弱点
 投開票が11月であれば、もう少し国会で議論ができたのですが、待てなかった。11月10日では外交日程(11月15、16日APEC首脳会議、18、19日G20首脳会議、11月5日は米大統領選)を考えるとしんどい。
11月24日になると予算編成に影響が出る。党の意向も加わって前倒しになったということでしょう。森山裕幹事長に相談した結果そうなったそうですが、石破氏と側近に総裁選までに日程を組む力がまだなかったという
ことでしょうか。いろいろ言っていたのに、総裁になってみたらすぐに解散せざるを得なくなってしまった。

 議論を尽くせということだと、少し残念なのは、土日も含めて国会を開いていたら少し納得感があったと思います。解散するのに土日も帰れないというのは、(衆院議員の)皆さんは嫌がるでしょうが、本当に議論
をしようとしたらそうなるのでは。

 解散の大義名分がないという議論がありますが、これまでも全然なかったのです。(石破氏が表明した)新しい政権だから信を問うというのはありうることですが、その姿を十分見せてから、というのがどうなった
のか。問題はちゃんと政策が練れているのかです。

 自民党にとって、もともと不利なところなので、前の選挙ほど勝てるかというと、なかなか大変でしょう。菅、岸田政権の発足時ほど、自民党への支持が回復した感じはありません。政権として争点をきちんと立て
られるのかということもあります。石破さんが説得力ある政策と争点を示せるのか。公示までにはその準備がないといけないと思います。
(取材・構成 冠木雅夫)

<第2回 政党はどう変わっていくべきか>に続く

【略歴】
飯尾潤 (いいお・じゅん)
政策研究大学院大学教授(政治学、現代日本政治論)
1962年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。埼玉大学助教授などを経て現職。著書に
『日本の統治構造』(中公新書、2007年、サントリー学芸賞、読売・吉野作造賞)、『民営化の政治過程』(東京大学出版会)、『政局から政策へ』(NTT
出版)、『現代日本の政策体系』(ちくま新書)など”

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