一水四見 多角的に世界を見る
小倉孝保

小倉孝保(毎日新聞論説委員)
第4回 ガザ戦闘1年 世界に耳を貸さないイスラエル
「私たちの将来は、非ユダヤ人が何を言うかではなく、ユダヤ人が何をするかにかかっている」
イスラエルの初代首相、ベングリオンの言葉である。
ユダヤ人は紀元70年にローマ帝国の弾圧を受けて以来、欧州や中東、ロシアで厳しい抑圧を受けてきた。ベングリオンの言葉は民族の歴史的体験から出ている。
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエル軍の戦闘が始まって1年が過ぎた。イスラエル軍はガザから戦線を拡大し、隣国レバノンに地上侵攻した。
ハマスは昨年10月7日、奇襲攻撃でイスラエル人約1200人を殺害し、約240人を人質に取った。一方、イスラエル軍はガザで4万1000人以上を殺害している。
日本人だけでなく世界中の多くの人々は、ハマスを批判しながらも、イスラエルの攻撃について、「度を越した報復だ」と感じている。
国際司法裁判所(ICJ)は1月、ガザの住民が回復できないほどの損害を受けるリスクがあると判断し、イスラエルにジェノサイド(集団虐殺)の可能性のある行為を停止するよう命じた。
この時、イスラエルの閣僚たちはベングリオンの言葉を引用して、ICJに背を向けた。自分たちの運命を国際機関に任せるつもりはないとの意思表示だった。実際、ネタニヤフ首相はICJの命令をほぼ無視し続けている。
20世紀に2度の世界大戦を経験した人類は国際人道法を定めた。その根幹の一つは、市民の犠牲回避である。戦争中であっても、軍は相手の戦闘員と非戦闘員を区別し、民間施設への攻撃は可能な限り避けなければならない。無差別攻撃は許されないのだ。
英国に本部を置く国際人道NGOオックスファムが9月末、興味深い報告を出している。
9月23日までのデータを集計したところ、ガザで殺害された子どもは1万1000人以上、女性は6000人以上に上る。1年間の子どもや女性の犠牲者数としては、過去20年間に世界で起きたどの紛争よりも多いという。
イラクでは2016年に2600人以上の女性が殺害された。2011年3月に始まったシリア内戦では最初の2年半で1万1000人以上の子どもが命を奪われた。年平均4700人を超える。
ガザの悲劇はイラクやシリアの惨事をはるかに上回る。しかも、オックスファムの報告は、氏名が明らかになった犠牲者に限っている。実態はさらに大きいはずだ。
昨年11月の人道的休戦(6日間)を除けば、ガザで爆撃がなかったのは2日だけで、学校や病院などの民間インフラは平均すると3時間に1回攻撃されている。
イスラエル政府は民間施設への攻撃について、「ハマスが戦闘員を潜伏させ、『人間の盾』として使っている」と正当化している。
だが、過去20年のあらゆる紛争と比べ、非戦闘員(子どもと女性)の犠牲が多い現状をみると、民間人が保護されているとは到底思えない。レバノンでも状況は同じである。
ベングリオンの言葉をかみ砕くと、「ユダヤ人以外の声は聞かない」との宣言にも読める。国際協調を重視する姿勢はない。
イスラエル政府は10月2日、グテレス国連事務総長を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」に指定し、入国を禁じた。イランによるイスラエルへのミサイル攻撃を非難しなかったとの理由である。
これに対し国連安全保障理事会はグテレス氏への支持を表明した。イスラエルの孤立が際立っている。
小倉孝保(おぐら・たかやす)
1964年生まれ。毎日新聞カイロ、ニューヨーク、ロンドン特派員、外信部長などを経て現職。小学館ノンフィクション大賞などの受賞歴がある
