一水四見 多角的に世界を見る
小倉 孝保

イラン革命後に占拠された旧アメリカ大使館跡、現在は博物館や展示スペースとして使用されている
第13回 注目されるハメネイ師後継問題
イスラエルの奇襲攻撃で始まったイランとの戦争は、米軍がイランの核関連施設に大型爆弾を投下し、停戦となった。イスラエル、イラン双方が「勝利」を宣言する中、にわかに注目されたのがイラン最高指導者の後継問題である。
最高指導者の地位は1979年の革命後に憲法で規定された。高位のイスラム聖職者88人で構成する専門家会議によって指名され、司法、立法、行政の3権で事実上最終決定権を持つほか、国軍や革命防衛隊の最高司令官だ。
初代は革命の指導者、ホメイニ師で、その後継が現在のハメネイ師だ。つまり、この46年間で、その地位に就いたのは2人しかいない。任期(終身)やその権力の大きさから、国王のような存在と言える。
イランは革命で王政を倒し、イスラム聖職者が国を治める体制を敷いた。保守強硬派はその維持を何よりも重視しており、後継問題で政治や社会が混乱することを警戒している。ハメネイ師は現在86歳と高齢のため、後継者を内定しておくべきだとの声は以前からあった。
そうした状況下、今回の戦争が起きた。報道によると、イスラエルのネタニヤフ首相は最高指導者師暗殺計画を米国に伝え、トランプ大統領から「良い案ではない」と反対されたという。ハメネイ師は戦争中、家族と共に身を潜め、革命防衛隊特殊部隊に警護されていたらしい。
ハメネイ師の命が奪われ、後継者選出に時間がかかった場合、権力争いにつながる可能性がある。それを避けるため、専門家会議内では「後継者の内定を急ぐべきだ」との意見はさらに強まった。
過去に有力後継者がいなかったわけではない。ただ、ハメネイ師の在任が長くなり、死去する候補者が相次いだ。元大統領のラフサンジャニ師は2017年、心臓発作で生涯を閉じた。
元司法長官のシャフルーディ師も翌年老衰で亡くなった。最有力候補だった前大統領ライシ師は24年、乗っていたヘリコプターが墜落し、命を落としてしまう。
そこで浮上しているのが、ハメネイ師の息子モジタバ・ハメネイ師(55)と、ホメイニ師の孫ハッサン・ホメイニ師(52)の2人である。
モジタバ師は1987年に中学校を卒業して革命防衛隊に入り、イラン・イラク戦争(80~88年)で従軍した。その後、イスラム教シーア派の聖地コムで宗教教育を受け、治安(革命防衛隊)、宗教(イスラム聖職者)双方と結びつきを強めた。社会改革に慎重で、父同様、保守強硬派とみられている。
一方、ハッサン師は93年に聖職者となり、95年からは祖父の眠るホメイニ廟の管理を任されている。政治的には穏健派とされ、治安部隊の政治介入に反対し、若者や女性の考えを社会に反映すべきだとの立場である。
イスラム革命から半世紀近くが経過し、国民の7割以上が革命後に生まれた世代である。若者の多くは西洋文化にあこがれ、聖職者による統治に息苦しさを感じている。
また、女性たちはヘジャブ(イスラム女性が頭髪を隠すスカーフ)の強制的着用に反発し、しばしば抗議行動を起こし、治安部隊と衝突している。
イランは核開発やテロ支援を理由に長年、欧米から制裁を課され、経済は疲弊している。社会に高まる体制への不満を、政権が治安部隊を使って抑え込んでいるのが現状だ。
次期最高指導者によって、イランは内外政策を変更するのか。ポスト「ハメネイ師」を巡り、米国やイスラエルの秘密情報機関が活動を強化しているのは間違いない。

小倉 孝保(おぐら・たかやす) 毎日新聞論説委員
1964年生まれ。毎日新聞カイロ、ニューヨーク、ロンドン特派員、外信部長などを経て現職。小学館ノンフィクション大賞などの受賞歴がある。新著に『プーチンに勝った主婦 マリーナ・リトビネンコの闘いの記録』(集英社)。