減税や現金給付では豊かにならない
田中 秀明(明治大学公共政策大学院教授)

参議院選後の税制・社会保障
超党派で中長期的課題を議論せよ──
第27回参議院選挙が終わった。昨年の衆議院選挙に続いて自公の敗北となった。無党派の保守層が参政党・国民民主党などに流れたことが大きかった。政治の関心は、2025年度補正予算など、今後の政権運営や政策に移る。どの党が政権をつくっても、単独では過半数とならない。内外に課題が山積する中で「決められない政治」となる可能性が高いが、それは問題なのか。そもそも日本が直面する課題は何か。今般の参議院選挙の各党の選挙公約を簡単に振り返り、それを踏まえて議論する。
◇「負担減」の大合唱だった選挙公約
選挙公約で各党が争ったのが、昨今の物価高に対する施策である。日本経済は、長く続いたデフレを脱し、物価が上昇に転じている。政府は「デフレ脱却」を掲げていたので、目標が達成されたわけだが、問題は我々の生活が豊かになったかである。近年賃金は上昇しているが、物価も上昇しているため、実質賃金の上昇率はマイナスになっている(図1)。特に、今年になりマイナス幅が大きくなっている。米の小売価格が2倍になっていることが象徴的なように、国民生活は苦しくなっている。
各党の公表されている公約に基づき、主な物価高対策や負担軽減対策を振り返る(教育の無償化など個別分野の対策は除く)。
自由民主党は、国民全員に1人2万円と子どもや住民税非課税世帯には更に1人2万円の現金給付である。
公明党は、自民党と同様の現金給付に加えて所得税減税(基礎控除等の引上げ)、ガソリンの暫定税率の廃止である。
立憲民主党は、消費税減税(食料品へゼロ税率適用)とガソリンの暫定税率の廃止である。
日本維新の会は、社会保険料の引き下げ(年6万円軽減)、所得税減税(勤労税額控除の導入)、消費税減税(食料品へゼロ税率適用)及びガソリンの暫定税率の廃止である。
日本共産党は、消費税減税(5%への引き下げ)である。
国民民主党は、所得税・住民税減税(基礎控除等の引き上げ)、消費税減税(5%への引き下げ)、社会保険料引き下げ及びガソリンの暫定税率の廃止である。
れいわ新選組は、消費税廃止と現金10万円給付である。
参政党は、消費税の段階的廃止、社会保険料の削減、15歳までの子ども1人に毎月10万円給付である。
社会民主党は、消費税減税(食料品へゼロ税率適用)と社会保険料の本人負担半減(企業負担増、中小企業の負担増については公費助成)である。
日本保守党は、消費税減税(食料品へゼロ税率適用)、所得税減税(控除の引き上げ等)、ガソリン税減税及び地方税減税である。
こうした減税や給付増の財源としては、与党である自民・公明はこれまでの税収増の活用である。企業や富裕層への増税を提案するのが、共産、れいわ、社民である。議員歳費の削減などを含め行財政改革で賄うとするのが、立憲、日本維新、保守である。国民民主は、積極的な経済政策で所得を倍増させて税収を増やし(増税なき税収増)、それで賄うとする。なお、参政党は、特に財源を示していない。

初当選を果たした参政党のさや氏=JR御茶ノ水駅前で7月17日、中澤雄大撮影
◇減税か、給付か──減税しても、消費に全て回らない
国民にとっては、もちろん負担軽減はうれしい。各新聞が参議院選挙を控え世論調査を行っているが、総じて、消費税減税など減税を支持する者が多い。朝日新聞の調査(7月3日・4日実施)では、「消費税減税」と答えた人は68%と3分の2を超え、「現金給付」を選んだ人は18%にとどまった。若年層ほど「消費税減税」を選ぶ人が多く、30代以下では8割にのぼったのに対し、70歳以上では「現金給付」と答えた人が27%を占めた。共同通信の調査(7月5日・6日実施)では、「消費税減税」が76.7%、「現金給付」は17.9%だった。年代別で見た減税との回答は、若年層(30代以下)で92.1%に達した。中年層(40~50代)は77.6%、高年層(60代以上)は66.2%だった。
他方、日経新聞の調査(5月23~25日実施)では、「社会保障の財源を維持するために消費税率を維持するべきだ」と答えた者は55%、「赤字国債を発行してでも税率を下げるべきだ」と答えた者は38%だった。「食料品に係る税率を一時的にゼロとするべきか」という問いに対しては、反対48%、賛成45%だった。
現金給付は通常は一時的なので、それよりは恒久減税の方が好まれるのは容易に察しがつく。高齢者ほど社会保障の恩恵を受けているので、減税、特に消費減税には慎重である一方、恩恵を感じていない若い者ほど減税を好むのも理解できる。
個人レベル、また選挙に勝ちたい政治家にとっては、負担軽減策は意味があっても、問題は、日本の経済社会全体にとっての効果、特に費用対効果である。
仮に借金で賄うとしても、一般的には、給付や減税は、公共投資より経済に対する効果は低い。前者の場合、少なからず貯蓄に回るからである。新型コロナウイルスの際に支給された特別定額給付金についての内閣府の分析(2023年8月公開)によると、所得の低いグループには大きな効果があったものの、給付金の支給額のうち消費支出に当てられた割合は22%にとどまり、残りの8割近くは貯金に回ったという。減税でもあっても、所得増を全て消費に使うとは考えにくい。
◇消費税率の一時的引き下げ案は実現困難
消費税率を一時的に引き下げる案は、欧州諸国などでも行われていることから日本でも実施すべきだという主張がある。しかし、欧州と異なり、日本では、一度下げると引き上げるのはほとんど不可能だろう。首相や閣僚が頻繁に変わるので、引き下げに関わらなかった政治家が火中の栗を拾うとは思えないからだ。イギリスのように、税率は政府の判断で変更できるのであれば(国会の議決は不要)、傾聴に値する提案である。
重要なことは減税の効果である。消費支出は高所得者の方が高いので、消費減税は高所得者ほど恩恵を受ける。また、年齢別にみると、消費税は、所得税や社会保険料と比べて、高齢者も負担する税であるので、その減税は彼らにも及ぶ。高齢者は、支出全体に対する食料品の占める割合が高いので、食料品の税率引下げは、高齢者の方が恩恵を受けるだろう。
◇所得控除、課税最低限の引き上げ……高所得者ほど有利
所得税減税、特に所得控除や課税最低限の引き上げも、公平性の観点から問題がある。所得控除は、高所得者ほど有利だからである。
簡単に説明するため、所得控除を10万円、所得税率を10%と30%の場合の控除額を比較しよう。前者の場合、控除額は1万円であるが、後者の場合、控除額は3万円となる。つまり、高い所得税率が適用される高所得者ほど恩恵を受ける。
現在、所得控除には、給与所得控除等、公的年金等控除、基礎控除、社会保険料控除など様々な控除があり、課税ベースが著しく減少している。国際比較でみると、日本の所得控除の規模は、先進諸国において最も大きい(図2)。2025年度税制改正において、国民民主党の要求を受けて、基礎控除が48万円から58万円へ、給与所得控除(最低)が55万円から65万円に引き上げられたことから、所得税の課税最低限が103万円から123万円に引き上げられた(更に、所得水準によって課税最低限は引き上げられている)。基礎控除等の引き上げは、家庭の負担を軽減するといっても、高所得者ほど有利なのだ。
◇社会保険料の引き下げこそが必要
今回の選挙公約で注目したいのは、いくつかの政党が社会保険料の負担軽減を訴えていることである。多くの国民が、負担が重いと感じているのは社会保険料である。社会保険料は、低所得者ほど、所得に対する負担割合が高いという「逆進性」の問題がある。しかも、この30年間で、社会保険料は対GDP比で約2倍になっている(図3)。他方、所得税や法人税は低下している。国・地方等を合計した政府収入に占める社会保険料の割合は約40%になっており(2022年)、先進諸国中最も高い。こうした中で、政府は更に保険料の徴収を進めている(去る5月に成立した年金制度改革により、短時間労働者などに厚生年金等の適用が拡大)。
社会保険料依存は日本経済に深刻な影響を与えると、筆者は考えている。逆進性に加えて、特に現役世代に打撃を与えるからだ。また、保険料を引き上げて、年金や医療を充実することができても、子育て、職業訓練、教育など人的投資を充実することができないからである。医療・年金支出の社会保障全体に対する割合は、多くの先進諸国は6~7割であるが、日本は81%で突出して高い(2021年)。保険料負担が増えるほど、税金の負担余力が減少し、人的投資を拡充することができなくなる。
日本は人口が減少しており、今後特に働き手が急速に減少する。これに対応するためには、多くの人がスキルを身に付けて長く働くことが必要である。しかし、人的投資が少ないことは致命的だ。最近では、リスキリング(学び直し)の重要性が提唱されているが、資源の投入は、官民ともに全く足りない。
◇単独か、連立か──「熟議」する政治の方が望ましい
日本では、第2次世界大戦後、一部の期間を除いて自民党の単独政権が通常であった(自公は連立であるが、両党が議席数でほぼ対等ではなく、実質的には単独政権と考えられる)。特に2012年に誕生した安倍晋三第2次政権は、衆参の選挙に連勝し、何でも決められる「独裁政権」とも言える状態だった。
しかしながら、先進諸国では、イギリスなど旧英連邦諸国等を除く多くの国は連立政権である(少数政権を含め)。選挙が比例代表選挙だからである。連立政権は、迅速に合意形成を図ることが難しいことから、意思決定に時間がかかる。他方、政策形成を巡って熟議ができる。

自公の敗北を伝える参院選翌日の朝刊各紙(7月21日付)=中澤雄大撮影
昨年の衆議院選挙で、与党が過半数を維持できなくなったことから、予算案や法案を巡って与野党が協議し政府案が修正された。今般の参議院選挙で自公が過半数割れとなったことから、メディア等では、政権運営が一層難しくなると指摘されている。仮に現在の野党が加わる連立政権(議席の過半数を獲得)になったとしても、政権内での調整は簡単ではない。与野党協議や政権内での調整は、各党の利害や思惑が影響するため、望ましい政策が決定されるとは限らない。むしろ、減税など負担軽減が重視され、日本が直面する課題には対応できないかもしれない。しかしながら、筆者は、国会などで国民が目に見える形で議論が行われるのであれば、評価すべきだと考えている。「決めすぎる政治」より「熟議」の方が望ましいからだ。
◇独などは痛み伴う構造改革に成功
参議院選挙を控えて石破茂首相は6月末、参院選後に年金・税・財政などの中長期的な課題を超党派で議論すべきだと訴えた。こうした議論の場ができるかについては不透明であるが、今こそ、党派を超えて、急速に進む人口減少に対して、税・保険料を一体的に議論することが必要である。
今後、今年度補正予算などにおいて、家計の負担軽減策が検討される。少数政権は野党に譲歩せざるを得ないだろう。それは選挙で国民が望んだことだとしても、中長期的には、減税や現金給付では、国民は豊かにはならない。将来への投資(特に人材面で)が増えなければ、経済は成長しない。ドイツやオランダなどは連立政権でも痛みを伴う構造改革に成功したが、日本もそのようにできるかかが問われている。
今回の参議院選挙では、国民民主党や参政党が特に若い世代の票を集めた。保険料は若い世代ほど重い。彼らの声を反映させて税・保険料一体改革を進めることが求められている。
田中 秀明 (たなか・ひであき)
1960年生まれ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(社会保障政策)、政策研究大学院大学博士(政策研究)。旧大蔵省などを経て現職。主な著作に『高等教育改革の政治経済学:なぜ日本の改革は成功しないのか』(共著、明石書店、2024年)、『「新しい国民皆保険」構想:制度改革・人的投資による経済再生戦略』(慶應義塾大学出版会、2023年)、『官僚たちの冬:霞が関復活の処方箋』(小学館、2019年)、『財政と民主主義:ポピュリズムは債務危機への道か』(共著、日本経済新聞出版、2017年)、『日本の財政:再建の道筋と予算制度』(中央公論新社、2013年)、『財政規律と予算制度改革:なぜ日本は財政再建に失敗しているか』(日本評論社、2011年)など多数。
