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“コメ不足”騒動と値上がりの背景
農水省の調査分析力の問題
小川 真如・ 宇都宮大学助教に聞く

経済・財政

 2024年は夏に「令和のコメ騒動」が起き、秋には新米の値段が高騰するなどして、基礎的な食料の調達への不安が広まりました。年が明けてもコメの高価格は続いています。日本のコメは大丈夫か──。まだ解決されたとは言えないコメ不足騒動の背景、農政の課題などについて農業経済学者の小川真如・宇都宮大学助教に尋ねました。

◇猛暑による「異変」でコメ争奪戦に
 ──まず、昨年2024年夏のコメ不足騒動について伺います。
 小川 2024年夏のコメの品薄は、供給と需要の双方の要因がありました。供給面では、前年2023年の猛暑により、コメの高温障害が発生し、全国的にコメの品質が落ちました。例えば、コシヒカリは生産、消費とも国内トップシェアの品種ですが、暑さに弱いという特徴があります。こうした品種で大きく品質が落ちてしまいました。コメの等級は見た目や品質などをもとに4区分あり、最も評価が高いものを「1等米」と呼びます。新潟県産コシヒカリでは1等米比率が平年で75.3%だったものが、4.9%にまで低下してしまいました。

質問に答える小川助教(左)=千代田区神田駿河台で

 2023年産米は、品質の低下だけではなく、選別時に篩(ふるい)の下に落ちる、いわゆる、「ふるい下米」が、51万トンが32万トンに大きく減ったことも特徴です。ふるい下米は低価格の食用米や、米菓、ビールなどの加工用原料として使われるのですが、これが激減しました。需要面では、農林水産省の予想以上に需要がありました。一番大きな要因は物価の影響でしょう。物価の上昇基調に加えて、ウクライナ危機などによって小麦を原料とするパンや麺が値上がりしました。

 ──コメはどうでしたか。
 小川 コメは食料品のなかでも価格が低迷していたという特徴がありました。物価高騰で悩む国民にとってコメが割安に感じられる状況があり、需要が伸びやすい状況がありました。さらに、新型コロナウイルスが感染症法上の5類となった2023年5月8日以降、外食産業が回復傾向や、外国人旅行客の回復・増加が本格化し、外食需要やインバウンド需要を含めて、コメの需要が大きく伸びたのです。

 コメの関係業者は、2023年産米の異常が2023年秋に分かると、早くからコメの確保に努めました。その当時はまだ大きなニュースにはなりませんでした。しかし、2024年の新米が本格的に出回る直前の8月に南海トラフ地震臨時情報が出されたり、大型の台風10号(サンサン)がノロノロと迷走したりしたこともあり、全国の広い範囲で食料の備蓄意識が高まりました。

台風で倒れてしまった稲穂

 ──マスメディアなどでも大きく取り上げられる状況となりましたね。
 小川 おっしゃる通り、コメの相対的な割安感、備蓄意識の拡大など複数の要素が重なった結果、「令和の米騒動」につながってしまいました。

◇スーパーで“品薄” 都市部住民に多大な影響
 ──大変な騒動でした。
 小川 スーパーの販売コーナーからコメが消えたという光景を、報道あるいは店頭で見た方は多いでしょう。ですが、パックごはんが売れ残ったり、弁当や外食ならばご飯を食べられたりしたという状況も多く見られました。つまり、コメの関係業者はコメの調達を早めに進めていたわけです。今回の“品薄”で最も乗り遅れたのが、スーパーでしかコメを買わない都市部の住民でした。

 ──なるほど。
 小川 自然災害による混乱が起きておらず国全体で見ても「コメ不足ではなく、コメの争奪戦」だったと言えます。その点に関しては、政府備蓄米の放出要請もありましたが、政府はそれに応じずに慎重な姿勢をとった対応は正しかったのではないでしょうか。

◇コメの価格高騰には「五つの波」があった──
 ──騒動後もコメの価格は高止まりしたままですが、この背景には何がありますか。
 小川 「コメの需給が引き締まっていくのではないか」「向こう3カ月のコメの価格は高くなるのではないか」との予想は既に、コメ取引関係者の間では2021年秋から高まってきていました。実際、2022年産からコメの品薄を感じていた地域があり、前倒しして出荷する事例もありました。ただ、現在の価格の高騰は、やはり2023年秋以降の影響が大きいと見ています。そして、2023年産米と2024年産米の価格高騰に至るには、これまでに五つの波があったと考えられます。

 ──それぞれ具体的に教えてください。
 小川 一つ目の波は、2023年秋から2024年2月にかけてです。この時期にコメの値段はさほど上がっていませんが、2023年産米の品質低下やふるい下米の激減を受けて、コメの争奪戦が始まっていました。2023年産米の品質低下やふるい下米が激減は、栽培方法による影響もありますが、主な要因は猛暑などの自然現象でした。

 二つ目の波は2024年3月から6月にかけてです。コメ取引関係者の間で、需給の引き締まるとの見方が強まり、出荷業者と卸売業者等の間の取引価格は、60kgあたり15,428円(3月)から15,865円(6月)に2.8%上昇し、約11年ぶりの高値水準となりました。

◇需要量が急増、自然災害で価格上昇
 小川 三つ目の波は、2024年7月から8月にかけてです。7月30日には、2023年7月から2024年6月までの需要量が国の予想を外れて大きく伸びたことと、2024年6月末の民間在庫量が統計開始以降で最少であったことが発表されました。その翌週の8月8日には、日向灘を震源とするマグニチュード7.1(最大震度6弱)の大きな地震が発生しました。8月8~15日までの1週間は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の呼びかけ期間となりました。その後、8月27日には台風10号が急速に発達し、9月1日に三重県の東海道沖で熱帯低気圧に変わるまで、各地に被害をもたらしました。

 ──想定外の事態が続いたわけですね。
 小川 出荷業者と卸売業者等の間の取引価格は2024年8月に60kgあたり16,133円となり、統計のある2008年以降で、8月としては最高値となりました。

 東京都区部の小売価格を見ると、コシヒカリ5kgあたり2024年6月が2,561円(前年同月比12.2%上昇)だったものが、2024年8月には2,871円(前年同月比23.1%上昇)に高まりました。この期間の価格上昇の理由は、家庭で普段の備蓄が定着していないことに伴う買いだめ行動にあったと思います。こうした買いだめ行動がちょうど新米が本格的に出始める前の端境期に起きたことも、コメの品薄に大きく拍車をかけました。

◇新米が出回っても続く争奪戦
 小川 四つ目の波は2024年9月から2024年10月です。新米が本格的に出回るようになっても、価格は下がらないどころか高値で取引されるようになりました。これにはコメの争奪戦の激化と西日本のコメの品質が悪かったこと、という二つの理由があります。

 ──と言いますと?
 小川 まず、コメ関係の業者で言えば、今の時期は新米と古米を両方組み合わせながらやりくりするのですが、2024年は昨年産米を秋までに売り切って、大きく減った状況ですから、業者側から見れば依然としてコメが足りず、やりくりに困っているという事情があります。さらにコメ農家のもとには、取引のなかった業者や個人の消費者が直接問い合わせるという事態が多く発生しました。コメを集める人が増えた結果、コメの流通全体が見えにくい状況となり、ますますコメの確保競争に拍車がかかりました。

 卸売業者やJAは、コメを高値で集めれば、高値で売りさばかなければならないリスクがあります。ただ、高値であるからこそ、コメを安定的に集められるか否かは、卸売業者やJAにとって自分たちの信用に関わります。2024年に買い負ければ、2025年以降の取引に響くからです。しかも、JAや卸売業者は自分たちでブランドを作っている場合もあり、ブランドを守るためにはコメを集める必要があります。ですから多少無理をして、高値であってもコメを集めなければならず、価格高騰も過熱しました。

 ──地域性もありましたか。
 小川 2024年の新米の1等米比率は、全国で見れば平年並みでしたが、東日本と西日本で大きく様相が違い、西日本では猛暑やカメムシなどの影響で1等米比率が低くなりました。

 コメの収穫は西日本の方が基本的に早く、その価格は夏場のコメの品薄による価格高騰の影響を受けました。その結果、西日本のコメは品質があまり良くなくても高く売れたわけです。その後、コメの生産量の多い東日本の収穫が始まりました。品質が比較的良い東日本のコメは、品質が下がることの多い西日本のコメの価格水準では集めることができず、さらなる価格の上昇につながっていきました。

 五つ目の波は2024年11月以降です。農水省は夏のコメの品薄を受けて、詳しく分析した結果を「10月末に発表する」構えでした。実際2024年10月31日に発表されたのですが、その内容のポイントを解釈すれば、「令和の米騒動」などの情報に消費者が踊らされてしまい、だから農水省は「今後も適切な情報を発信していきます」といった内容にとどまりました。

◇農水省の対応不足に業者が危機感
 ──今回の騒動に対応した農水省にどのような課題が残りましたか。
 小川 民間が混乱していても、農水省は“情報発信程度”で直接的な対応を執らない姿勢が浮き彫りになったことで、業者の危機感につながり、価格の上昇が続いたと考えています。2024年11月末のコメの民間在庫量は、「11月」としては統計開始以降で過去最低となりました。また、2024年10月31日に発表された分析結果はあくまでコメの量に着目した分析結果であり、品種や産地別の需給状況の分析など、業者や消費者に直接関係するコメの需給に関する分析が皆無であったことも問題です。

 ──農水省はどのような対応をすべきだったのでしょうか。
 小川 例えば、備蓄米放出時のシミュレーションをして、国が備蓄米を放出しなかったことの正しさをPRするような一歩踏み込んだ分析や、2024年と同様のことが起きないために制度を再点検する必要があるといった国民やコメ関係業者に対して何らかの含みを持たせるメッセージを発信していれば、2024年11月以降のコメの価格は今ほど上がっていなかったと思います。

 ──根本的な原因は何だとお考えですか。
 小川 そもそも、2024年夏のコメの品薄は農水省の需要予測が大きく外れたことが原因でもあります。農水省はコメの需要予測や収穫量の調査など、いろいろな数字を発表していますが、2024年10月31日に発表された分析結果は報告書としてレベルが低く、業者の不安感を助長し、集荷競争の過熱を一段と招いたと考えます。

 ──農水省側にも問題があるようですね。
 小川 農水省の調査もやはり限界があるでしょうから、無理をせずに農業経済学者ら専門家に委ねるなど第三者に調査を依頼しても良かったのではないでしょうか。農水省の分析結果は、1等米比率の急落やふるい下米の急減が起きても、国が情報を適切に流しさえすれば、流通が混乱せず、またマスメディア報道に消費者が踊らされることもなく、混乱は起きなかった、というロジックになっています。

 ──それはおかしな論理ですね。
 小川 2024年はコメが足りていたから何とかなりましたし、この年の10月31日に示された対応策もコメが足りている前提の対応策です。しかし、実際にコメが足りなくなるほど需要が増加すれば、今回示された対応策では不十分です。農水省の調査分析のレベルが上がらない限り、コメをめぐる混乱はそのうち再び起きるでしょう。

 ──どのような施策を講じるべきだとお考えですか。
 小川 農水省の内部で行う調査分析のみならず、農政を評価できるような外部の調査組織が活躍することも期待されます。また、農水省の調査レベルに限界があるのであれば、政府として省庁を横断した分析チームを設けたり、外部の専門家や調査組織に積極的に働きかけたりすることも必要ではないでしょうか。

 ──現状の問題がよく理解できました。本日はどうもありがとうございました。

(取材・構成 長谷川 篤)
※小川助教による論考「食料安全保障論の限界 『耕境政策』の提言」を1月30日付で掲載します。

【略歴】
小川 真如(おがわ・まさゆき) 宇都宮大学農学部農業経済学科助教
1986年、島根県益田市生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了、博士(人間科学)。東京農工大学修士(農学)。専門社会調査士。農業共済新聞記者などを経て現職。東京農工大学大学院連合農学研究科助教、日本農業研究所客員研究員、農政調査委員会専門調査員なども務める。専攻は農業経済学、農政学、人間科学。主著に『日本のコメ問題』(中央公論新社)、『現代日本農業論考』(春風社)、『農業再生協議会論序説』(学術研究出版)、『水田フル活用の統計データブック』(三恵社)、『水稲の飼料利用の展開構造』(日本評論社)。

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