大相撲と世界SUMOグランドスラム
小林 信也(作家・スポーツライター)

水面下で動く「白鵬の世界戦略」の衝撃度は?
大相撲を蹴散らす恐れも……
◇「アマチュア相撲の世界的普及」──お行儀の良いスタンスにとどまれるか?
大相撲名古屋場所は連日「満員御礼」、いま相撲ファンの注目は新装IGアリーナ(愛知国際アリーナ)の土俵に集中している。横綱・豊昇龍が三連敗で五日目から休場したのは残念だった。
新横綱・大の里は勝つ時には圧倒的な強さを見せて横綱の風格を感じさせるが、十三日目までに4敗。相手に押し込まれるとすぐはたこうとして墓穴を掘る、勝ち急いで土俵際でかわされるなど、負ける時の悪い癖に大の里ファンは地団駄を踏んでいる。だがそれで優勝争いは混沌とし、誰が賜杯を抱くのかまったく予想できない。終盤の優勝争いが面白くなった。
一方で、場所前に話題となった元横綱・白鵬翔の動向は、頭の隅でやはり気になっている。その後目立った動きはないが、水面下で「世界SUMOグランドスラム」立ち上げに向けた準備は着々と進んでいるだろう〔註1〕。名古屋場所が終われば、また白鵬の新たな動きが話題になる可能性はある。

『SWITCH 白鵬翔』より
私は白鵬のぶちあげる世界的なSUMO構想がどれほどのスケールなのか、端的に言えばどれほどの「破壊力」を持つビジョンなのか、かなり不安を感じている。なぜなら、白鵬が世界のスポーツビジネスマーケターと結びついたら、破格の構想がありえると予想できるからだ。
大相撲のさらなる繁栄を願う者からしたら、白鵬の未来は恐怖にさえ感じる。大相撲を蹴散らしてしまう恐れを感じるからだ。6月9日の記者会見で語られた通り、「アマチュア相撲の世界的普及」が白鵬の主目的なら、もちろん歓迎だ。将来のオリンピック参加実現は、女子相撲も含め、希望の未来につながる。
だが、果たしてそのようなお行儀の良いスタンスにとどまるだろうか。
◇数兆円規模のビジネスも……スポーツベッティングとの連動は?
私が懸念するのは、主にふたつの事実に関連してだ。
ひとつは、日本のメディアがほとんど触れない〈スポーツベッティング(スポーツ賭博)〉との関わりだ。もし私が白鵬の右腕的存在だとすれば、いまや世界のスポーツビジネスの土台となりつつあるスポーツベッティングと連動して、億単位どころから、数兆円規模のビジネスを提案するだろう。
私がそう考えるくらいだから、国際レベルのスポーツマーケターなら当然、それは大前提にするだろう。
相撲は世界的にファンを増やしている。日本相撲協会がスポーツベッティングと提携することは考えにくいが、協会の束縛から放たれた白鵬のSUMOなら、十分に提携は可能だ。アメリカでも2018年に合法と判断されたスポーツベッティングは、約40州で実施されている。その売り上げは年間10兆円を超えたとも言われる。例えばメジャーリーグも、ベッティングの運営業者と正式契約を交わし、ロイヤリティで収入を得ている。関係者によれば、年間150億円程度の収入になっているという。インターネットテレビの放映権が莫大な金額になっているのも、スポーツベッティング愛好者のニーズを裏付けにしている。

『相撲』増刊「白鵬史上最多優勝達成記念号」
もし白鵬の仕掛ける〈世界SUMOグランドスラム〉がスポーツベッティングと提携したなら、その世界的注目と熱狂は現在の大相撲を遥かに凌駕する可能性がある。もちろん、課題はある。スポーツベッティングが盛り上がるためには、真剣勝負が大前提だ。八百長防止策をどう網羅し、社会的信用を維持するかは容易なテーマではないだろう。
だが、もし実現したら日本人も含めて世界規模で多くのファンを巻き込む可能性は大いにある。
日本相撲協会にはできない、だけど白鵬にはできる。ここが一番の心配のタネだ。
◇スター候補は、かつて大の里のライバル
そうは言っても、「白鵬が現役復帰するならいざ知らず、スター力士がいなければ盛り上がるに欠けるだろう」と楽観するファンもいるはずだ。ところが、ここに私の〈もうひとつの懸念〉がある。白鵬のSUMOには大の里と並ぶスター候補がいるという現実だ。
日本体育大学時代の中村泰輝(現・大の里)の1年後輩に花田秀虎という強豪力士がいた。花田は1年生の12月に全日本選手権に優勝、アマチュア横綱に輝いた。大の里が2連覇を飾るのはその翌年から。先に日本一になったのは花田だった。私は日体大の稽古場で二人が一緒に稽古する場面を何度か見た経験がある。緊張感が漂い、火花が散っていた。間違いなく、ふたりは強烈に意識し合うライバルだった。
ところが花田は日体大を休学、相撲をやめてアメリカンフットボールへの挑戦を始めた。コロラド州立大に編入し、ディフェンシブタックルとして公式戦にも出場した。しかし、昨季はケガのためシーズンを棒に振った。それで花田は目標を2026年に行われるNFLの〈外国人枠トライアウト〉に絞った。これが不調に終われば、アメフト挑戦には区切りをつけるという。

『相撲』2025年5月号
現在23歳。25歳未満なら角界入りもできる。付け出しの権利は消滅しているが、花田なら10場所で入幕を果たした安青錦を上回る早さでの三役昇進も夢ではないだろう。最近発信された『Number Web』のインタビューで相撲界挑戦の可能性を尋ねられて「その可能性も全然、ありますね」と答えている。
だが、いまになって大相撲を目指すだろうか。むしろ、白鵬と組んで新たな挑戦をする選択の方がこれまでの花田の判断に近い気がする。
花田は今年2月、アメリカのプロレス団体WWFとも契約。本人はあくまでスポンサー契約でプロレス転向を意味するものでないとコメントしているが、その方面に関心があることも認めている。
◇大相撲との両輪で相撲界の発展に寄与できるか
また花田は白鵬の弟子だった伯桜鵬と親しい友人であることを公言している。最近は、自分のX(旧Twitter)で元横綱・朝青龍とマンツーマンでトレーニングし、身体の使い方を徹底的に教え込まれたと自らレポートしている。それがアメリカンフットボールに向けたものなのか、それ以降の将来を視野に入れた鍛錬なのか、とても気になる。
白鵬がトヨタの支援を受けて始める〈世界SUMOグランドスラム〉に花田秀虎というスター候補が加われば、途端にSUMOは「所詮大相撲には敵わないよ」と簡単には言い切れないリアリティーを持ってしまう。
花田が出場した最後の相撲大会は、2022年7月にアメリカ・バーミンガムで開催された第11回ワールドゲームズ。相撲競技・重量級の決勝で花田は中村泰輝と対戦している。勝ったのは花田だ。大の里は翌日の無差別級では金メダルを獲得したが、花田には負けたままになっている。白鵬側に「大の里に勝っている花田」と宣伝されても文句は言えない。

国技館通りの横綱像と白鵬の手形
白鵬の世界的SUMO普及が、大相撲と両輪になって相撲の発展に貢献するなら大歓迎だ。が、果たしてどうなのか。正直、穏やかな気持ちではない。
〔註釈〕
註1=白鵬は記者会見で、自身が代表を務める「世界SUMOグランドスラム」推進会社を設立する構想を発表。「世界には150カ国の力人が待っている。大相撲では各部屋に外国人力士は1人しか入門できない。入門したい若者が世界中にいる。それをサポートして広めていきたい」との考えを表明している。

小林 信也(こばやし・のぶや) 作家、スポーツライター
1956年、新潟県長岡市生まれ。慶大法学部卒。県立長岡高校硬式野球部時代はエースとして、春季新潟県大会を優勝に導いた。文藝春秋『SportsGraphic Number』編集部などを経て独立。本格的に著述活動を始め、テレビやラジオでも活躍。現在は『週刊新潮』「アスリート列伝 覚醒の時」などを連載中。最新刊『大の里を育てた<かにや旅館>物語』(集英社インターナショナル)。他に『宇城憲治師直伝「調和」の身体論 武術に学ぶスポーツ進化論』(どう出版)、『少年 大谷翔平「二刀流」物語』(笑がお書房)、『天才アスリート 覚醒の瞬間』(さくら舎)、『能生仕込み相撲道 海洋高育ち力士のいま』(新潟日報メディアネット)など多数。詳細はHP「小林信也の書斎」 、YouTube「小林信也チャンネル」。