• HOME
  • 経済・財政
  • 小泉進次郎農相による備蓄米放出の問題点 小川 真如(宇都宮大学農学部助教)

小泉進次郎農相による備蓄米放出の問題点
 小川 真如(宇都宮大学農学部助教)

課題が山積するコメづくり。打開策はあるのか=米どころの一つ、新潟県長岡市で中澤雄大撮影

経済・財政

法制度を逸脱した「緊急事態」対応──新たな人災生む

◇光が強ければ影もまた濃い──「電光石火」の決断の影響
 「コメ担当大臣」を自称する小泉進次郎衆院議員。農林水産に幅広い分野の任務をもつ農林水産省の長が、コメ政策のみをアピールするという異常な感覚に加え、大胆な政治決断や積極的なメディア対策で、コメをめぐる情勢に変化を生み出した。

記者会見する小泉進次郎農水相(農水省HPより)

 矢継ぎ早の対策の中でもひときわ際立ったのが、就任会見で発表した備蓄米の放出方法の変更だ。就任からわずか10日後の5月31日には、5kgあたり2000円程度の備蓄米が店頭に並び、消費者は長蛇の列ができた。ネットで販売されると売り切れが続出した。
 小泉大臣の電光石火の決断力を、英断の如く評価する論調は多い。しかし、光が強ければ影もまた濃い。
 その政治決断は、法制度の逸脱によって実現したものだ。備蓄米放出を支えるのは、米価急騰に悩む国民からの支持と、「現状が緊急事態である」とする認識だ。そこにも大きな影が差している。安い備蓄米による物価高騰対策の効果はあっても、その代償となる負の遺産は大きい。小泉大臣の政治決断は、社会の新たな混乱という人災を生むことは間違いないだろう。

◇小泉大臣の備蓄米放出には3つの特徴
 小泉大臣による備蓄米放出には、次の3つの特徴がある。

  特徴①農林水産大臣が交代した途端に備蓄米放出の方針が急変した
  特徴②備蓄米の売渡方法を一般競争入札から随意契約に変更した
  特徴③江藤拓前大臣は買戻し条件を付けて備蓄米放出したが、小泉大臣は買戻し条件を撤廃した

 特徴①と特徴②は、法制度上の手続きからみて問題ない。備蓄米放出は、基本的に凶作や自然災害などに限られていた。これに対して、2025年1月31日に「主食用米の円滑な流通に支障が生じる場合であって、農林水産大臣が必要と認めるとき」に備蓄米を放出できるという運用方針が新設された。

植え付けが終わった田んぼ=新潟県長岡市で中澤雄大撮影

 これは、農林水産大臣の裁量が大きい運用方針であり、農林水産大臣が交代した途端に備蓄米放出の方針を急変したことは、法制度上の手続きからみて問題ない。また、新たな運用方針の策定をめぐって、一般競争入札か随意契約か、といった議論も経ており、備蓄米の売渡方法を一般競争入札から随意契約に変更したことも問題ない。
 これらに対して、特徴③は法制度を逸脱したものである。順を追って説明していこう。

◇備蓄米放出のための基本的な手順
 備蓄米の運用について知っておくべきは、「食糧法」「基本指針」(米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針)、食料・農業・農村政策審議会食糧部会(以下、単に「審議会」)である。
 「食糧法」4条では、備蓄米の運用を「基本指針」で定めるとしている。また、「基本指針」を定める際には、農林水産大臣は「審議会」に意見を聴くと定められている。また、「基本指針」では、コメが不足する際の備蓄米の放出について、「審議会」で作柄、在庫量、市場の状況、消費動向、価格及び物価動向などを踏まえて、総合的に必要性を議論し、これを踏まえて、農林水産大臣が決定すると、2011年7月に定められた。

 つまり、備蓄米放出は、①「基本指針」に記された運用方針に基づいて放出する、②「審議会」での議論を経て農林水産大臣が決定する、③「基本指針」の変更には「審議会」の意見を聴く必要がある、という決まりになっている。例外規定として、コメの大量不足による緊急時などでは、「審議会」の意見を聴かずに「基本指針」を変更する方法も認められている(食糧法4条6、37条)。こうした緊急時などの対応でも、「基本指針」を変更するプロセスを守るよう規定されているのが特徴だ。

◇法制度に則った江藤前大臣による備蓄米放出
 江藤前大臣は、法制度に則り備蓄米放出を行った。内閣法制局に備蓄米放出について法律上問題がないか意見を聴き、その結果、「買戻し条件付売渡し」であれば可能であるとの見解を得た。そこで、これに基づいて「審議会」に諮問し、新たな備蓄米の運用方針について「適当」と認める答申を受けたのである。

 そして、変更された「基本指針」に基づいて備蓄米を放出する、という法制度に則った形をきちんと経て、江藤前大臣は備蓄米を放出したのである。なお、「基本指針」に新たに記載された「買戻し条件付売渡し」には、「審議会」での議論を行うという手続きは明記されなかったことで、農水大臣の裁量を大きく認める仕組みが完成した。

◇江藤前大臣と小泉大臣は遵法意識に大きな差
 小泉大臣は備蓄米の放出方法の変更には、二つの大きな特徴がある。
 ①法律上問題がないか内閣法制局に意見を聴かずに行った、②「基本指針」を変更しないまま新たな運用方針で備蓄米を放出した、という特徴だ。いずれも法制度を遵守する意識が欠如した行動である。

 結果として、小泉大臣は、江藤前大臣よりも速やかに備蓄米の放出を行うことができた。その成果は、個人の大臣としての力量の差によるものではなく、単純に遵法意識の差にあったと言える。
 小泉大臣の手法で特に見逃せないのが、江藤前大臣が内閣法制局の意見を踏まえて新設した「買戻し条件付売渡し」のルールに基づきながらも、「買戻し条件」を付けない形で備蓄米を放出すると決断したことだ。結果として、江藤前大臣がコツコツと積み上げて実現・計画した備蓄米政策は、農林水産大臣による裁量が大きいという部分だけが小泉大臣によって生かされ、法改正せずに速やかに備蓄米を出せるようにした仕組みの部分は小泉大臣によって実質的に手荒にひっくり返されてしまう形になった。

 ちなみに、小泉大臣は備蓄米放出にあたり、財務省の了承を取り付けたことをアピールしたが、備蓄米が減ったり、飼料よりも高く売れたりすれば財政上は助かる話だ。備蓄米の保管コストや売買差損が減るからである。了解を得やすい財務省に相談する一方、異論が出そうな内閣法制局や「審議会」には意見を聴かなかったことも、小泉大臣が備蓄米の速やかな流通を実現できた理由の一つである。

◇ないがしろにされた「基本指針」と「審議会」
 小泉大臣による新たな運用方針での備蓄米放出が始まった2日後の5月28日、「審議会」が臨時開催され、「基本指針」が後付けで改定され、小泉大臣の決定内容に合うように備蓄米の運用方針の記述が改められた。
 後付けでの改定は、軽微な変更など、許容範囲であれば、これまでも行われてきた実績がある。しかし今回の買戻し条件のない備蓄米放出は急激な変化であり、審議会でも「制度運用は目的と定められたルールをもって行うものであり、今般のようななし崩し的な運用変更は避けるべき」であるなどの意見が出た。
 形式的にも実態的にも、小泉大臣による備蓄米放出は、「基本指針」と「審議会」をないがしろにするものであったと言える。

 この時の「審議会」について農林水産省は「すべての委員から変更案は適当との意見が寄せられました」「適当と認める答申がなされました」と発表した。しかし、特殊な状況には注意が必要だ。この「審議会」は意見書の提出で行われる持ち回り審議だった。その概要のうち公表された意見は、委員16人のうち8人分のみだ(7月9日時点)。
 例えば、1月31日の「審議会」で「審議会」開催前に大臣が備蓄米放出について言及したことに関して「私どもは追認機関ではございません」と苦言を呈した稲垣光隆委員(公財・金融情報システムセンター理事長)や、コメ卸の国内最大手である(株)神明・社長の藤尾益雄みつお委員の意見は公表されていない。
 「基本指針」と「審議会」がないがしろにされていることを批判した委員や、小売りを対象とした随意契約での備蓄米放出に大きな影響を受けるコメ卸の社長を務める委員といった、小泉大臣の決断への評価が注目される人物の意見が、農水省の事務処理で省略されていることは看過できない。

 また、小泉大臣による「基本指針」と「審議会」をないがしろにした備蓄米放出を自ら追認した「審議会」の全委員は、国民にその決定に至った理由を説明する責任がある。求められる説明は、備蓄米放出の決断の是非をめぐる評価ではなく、ないがしろにされたことに対する追認行為への弁明である。その弁明がなされなければ、法律上規定された「審議会」はあってないようなものではないか。
 コメ政策をめぐっては、まずは胸を張って「日本は法治国家である」と言えるよう立て直すところから始める必要がある。

◇実は「減反政策」も……「緊急対応」を理由に将来世代に大きなツケ回し
 小泉大臣は備蓄米放出について「緊急事態での異例の手段」(2025年6月10日記者会見)と述べるなど、メディアに向けて「緊急事態」と度々発言してきた。緊急事態と聞けば聞くほど、対処している小泉大臣がヒーローに見えてくる人もいるだろう。しかし、二つ注意すべき点がある。

 一つ目は、小泉大臣の備蓄米放出が、法制度上で言えば、緊急事態への対応を定めた食糧法37条などに基づくものではなく、さらにコメ不足への対処としての放出でもないことだ。あくまで流通に支障が生じているため備蓄米を放出するという論拠だ。小泉大臣のメリットは、①コメが不足していないという国の見解と矛盾しない、②コメ不足を理由とした備蓄米の放出に必要となる「審議会」での議論を省略できる、という点がある。
 法制度上から言えば、正面切って緊急事態であるとの判断から備蓄米を放出しているわけでないのだ。それにもかかわらず、メディア対応で「緊急事態」と強調する行為は、国民の不安をあおって人気を得ようとするポピュリズムの特徴を持つ。

 二つ目は、「緊急事態」としつつも時限的な措置ではないため、小泉大臣の決断が、長期的にコメ政策に影響を与える可能性があることだ。
 コメ政策の歴史では、緊急事態で作られた法制度は影響を長く残してきた。例えば、戦時立法の食糧管理法は1995(平成7)年まで続いた。廃止されてもなお、国が需給調整するという食糧管理法のイズムは生き続けていると評価する者もいる。また、減反政策(コメの生産調整)も法律に基づかない緊急避難的対応として始まり、緊急避難的な性格を持ち続けた。その性格が残っているからこそ、とりあえず1年ごとの需給を調整するという手法が続けられてきた。その結果、昨今では需給バランスの崩れで米価が急騰した。

今年の作柄はどうなるだろうか=新潟県長岡市で中澤雄大撮影

 米価急騰の要因には、緊急対応で作られた過去の施策からのツケが回ってきたという面もあるのだ。具体的には、国がコメにどの程度まで関与するのかという点や、短期的な需給調整にこだわる生産調整の性格が解消されないまま現在の世代に引き継がれてきたのだ。こうした歴史から学べば、緊急対応を理由に法制度を逸脱した形で備蓄米を放出し、しかも時限的な制度ではなく備蓄米の運用方針を大きく変えたことは、将来世代に大きなツケをもたらすに違いない。

 もっとも既に人災は起きている。
 例えば、一段と安い備蓄米を出すことで転売対策が課題となり、小泉大臣は転売対策を強化した。コメ販売を禁止するフリマアプリが続出し、規制対象ではない農家の直接販売のルートも減った。民間取引に対する国の介入への影響が多様な形で出てきている。

 また、小泉大臣による随意契約による備蓄米放出のスピード感は、当初こそ話題になったが、6月22日までの販売量は1万8391トン。随意契約によって放出が確定している備蓄米29万259トンの6%に過ぎない。小泉大臣は「8月末までに販売を終了することを見込んだ数量の範囲」での申し込みを条件に備蓄米を放出したが、果たして8月末までにすべて出回るだろうか。

 備蓄米の販売が9月以降になれば、本格的に新米が出回る時期と重なることになる。
 その結果、想定されるシナリオは、①大量の備蓄米による価格の暴落、②備蓄米の売れ残りによる食品ロス増加、③流通の混乱による集荷競争の再過熱と価格上昇、④政府が備蓄米の買戻し(買い入れ)を実施するなどの方針転換──などがある。

 特に備蓄米を大量に放出したことで、流通・価格が極端に変化しやすく、しかもその状況が政策次第で一変してしまう不安定さが増しているのが特徴だ。もはや、国がこれまで進めてきた市場メカニズムを生かしたコメ流通からは遠く離れてしまい、国主導の価格形成が進んでいる。

政府はコメ増産を打ち出したが、高齢化など問題は山積する=新潟県長岡市で中澤雄大撮影

 これが計画的な動向であるならまだしも、準備不足のまま急激に進んでいることが問題であり、現在では政策の舵取りが極めて困難な状況に陥っている。
 小泉大臣の決断を原因とする人災は、意外と近い将来に起きるのではないか。

〔付記〕本稿は、筆者による次のレポートをベースに一部情報を追加しながら作成した。詳しい内容は以下を参照。
・2025年5月27日発表『「随意契約による政府備蓄米の売渡し」(2025年5月26日発表)についての評価
・2025年5月28日発表『「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」(令和7年5月28日)についての評価

【略歴】
小川 真如(おがわ・まさゆき) 宇都宮大学農学部農業経済学科助教
1986年、島根県益田市生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了、博士(人間科学)。東京農工大学修士(農学)。専門社会調査士。農業共済新聞記者などを経て現職。東京農工大学大学院連合農学研究科助教、日本農業研究所客員研究員、農政調査委員会専門調査員なども務める。専攻は農業経済学、農政学、人間科学。主著に『日本のコメ問題』(中央公論新社)、『現代日本農業論考』(春風社)、『農業再生協議会論序説』(学術研究出版)、『水田フル活用の統計データブック』(三恵社)、『水稲の飼料利用の展開構造』(日本評論社)。

ピックアップ記事

関連記事一覧