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シリーズ「戦後80年 日本の変革」
トランプ2.0機に「第3の開国」を
会田 弘継(ジャーナリスト、思想史家)

戦後80年

「アメリカの世紀」の終焉──
  「没落国家」日本が迫られる自立

◇F・D・ルーズベルト以来の転機
 トランプ2.0政権とトランプ現象の暴政や暴言の裏で、世界システムやそれを支える思想の再編が進んでいる。その再編は戦後80年を迎えた日本にとっても大きな意味を持つ。
 トランプ2.0政権について、もっとも早く、的確にその意味を捉えたのは、英誌『エコノミスト』だ。昨年11月のトランプ当選判明の直後に間髪を入れず「フランクリン・D・ルーズベルト(FDR)以来もっとも重要な意味を持つ大統領」になると巻頭論説の冒頭で喝破した。
 「なんのことだ」と呆気にとられた人もいただろう。大恐慌と世界大戦を切り抜け、20世紀米国を通して最も偉大だといえる成果を挙げた大統領と、なぜトランプが比べられるのか。昨今の「相互関税」騒動での政権の一見デタラメな右往左往ぶりを見るにつけ、意味が分からなくなっているに違いない。

フランクリン・D・ルーズベルトの像

 『エコノミスト』誌は19世紀半ばの大英帝国時代以来、自由貿易の旗振り役になってきたメディアである。FDRの米国は、大恐慌に続いてファシズムとの戦いを経て、世界の秩序と繁栄に積極的に関与することが自身の利益だと認識した。だが、そうした米国による世界関与の時代は終わる。同誌はそう説いたのだ。米国はFDRとトルーマン大統領時代に、国連システムとGATT(後に世界貿易機関=WTO)・国際通貨基金(IMF)という戦後制度づくりを主導し、基軸通貨ドルの下で自由貿易を広げつつ深化させた。そうした制度と、その基盤となる自由民主主義を世界に広げてきた「アメリカの世紀」(「自由主義国際秩序」と呼ばれる)が、トランプとともに終わるだろう、ということだ。

 その戦後制度は、産業革命をいち早く達成し、一時は地球の陸上部の4分の1と7つの海を支配した大英帝国がつくりあげた自由貿易体制を、米国が引き継いで、民族自決の20世紀にそぐうかたちにしたものだ。だからこそ、ほかならぬ『エコノミスト』誌が鋭敏に反応した。同誌自体の2世紀に近いレガシーが大きな挑戦に直面している、まさに世界史的出来事になりそうだ、という意味である。

◇「自立」を突きつけられた「没落国家」日本
 戦後80年という節目の年を迎えた日本にとっても当然大きな意味を持つ。英米がつくりあげてきた制度の中で近代化を達成した挙げ句に、英米に戦いを挑んで、完膚なきまでに叩きのめされた。その戦いにもかかわらず、日本は米国による自由主義国際秩序に迎え入れられた。大英帝国がつくりあげ、米国が引き継ぐ一方で、改訂もした制度だ。冷戦がもたらした僥倖でそこに迎え入れられた日本は骨の髄まで浸かって、一時は米国を追い抜くかといわれるまでの繁栄を達成した。だが、頂点に達したところで一種のアイデンティティ危機に見舞われて没落国家になりかけている(「失われた30年」)。その衰退のさなかに、足もとの国際秩序が突如終わるかもしれないと、トランプ2.0政権に通告されているのだ。

 評論家の故・松本健一は冷戦終結後、日本には「第3の開国」の時が来たと論じ、一種の開かれたナショナリズムを求め続けながら、10年ほど前に逝った。19世紀中葉のペリーの黒船来航により、否応なく迫られた開国を、近代に入っての日本の「第1の開国」とすれば、20世紀中葉に起きた敗戦と民主化は「第2の開国」だった。これも主として米国が引き起こした。
 2度の「外圧」による否応なしの開国とは異なり、冷戦終結後の日本には国際環境の大きな変化にともなって、むしろ自主的に国家像を変えることのできるチャンスが訪れた。だが、松本の「第3の開国」の訴えにもかかわらず、バブル崩壊後の経済低迷の中で、尻込みしてしまった。1997年には文芸評論家、加藤典洋が『敗戦後論』で、米国の強大な軍事力が守る「平和憲法」の選び直しや、自国の戦死者との向き合い方を問うたのに、日本社会は受け止めそこねている。加藤は松本の5年後に逝った。

国連本部

 松本が「開国」という言葉で呼び掛け、加藤が『敗戦後論』を通じて求めたのは、精神における「自立」だろう。それを達成せずには済まないと分かっていながら、冷戦後ずっと、いや、第2次世界大戦後ずっと、今日まで来てしまった。80年もたったいま、自立をやり過ごす前提であった、米国に守られた自由な国際秩序が、突然崩れ出している。それが、日本にとってのトランプ2.0の意味だ。

 それを受けた日本はどうか。とりあえず現前の関税交渉を切り抜けて、グローバルな自由貿易を立て直し、維持するために日本は欧州や新興国・途上国(グローバル・サウス)とどう組むべきか、自主防衛力はどこまで必要か、といった議論に向かおうとする。だが、もっと腰を据えた方がよくないか。トランプ2.0とトランプ現象が問いかけ、求めているものを深く考えて、米国が向かおうとする方向を見定めたらどうか。

◇トランプ現象の背後にある「改革保守派」の思想
 日本の知識社会がトランプ政権の人事を嘲笑っている最中に、ヴァンス副大統領やルビオ国務長官が上院議員時代から、彼らの知恵袋になってきたシンクタンク「アメリカン・コンパス」の創設者オレン・キャス氏(41)を日本に招く支援をした。政権の経済政策の有力ブレーンの一人だ。キャス氏を招いた理由は、トランプ2.0政権発足直後の時点で、トランプ現象に対する日本の知識社会の理解に幅を持たせたいと考えたからだ。現象の奥底から沸き起こっている、新しい思想動向に目を向けてほしいと思ってのことだ。

 米国の保守勢力の若手知識人の間では、冷戦終結後に米国が歩んで来た道は大失敗であったとの認識が強い。長期化したアフガニスタン・イラク戦争、リーマン危機後に一層露骨になった経済格差。これらは大失敗の象徴で、それに対する有権者の怒りがトランプ(・サンダース)現象として現れたとみている。このことは大統領選前の2024年春に訪米し、いく人もの保守系の若手知識人らと議論した際に、痛切に感じたことだ。

3月来日時のオレン・キャス氏(国際交流基金提供)

 主に40代前半の若手知識人らはトランプ大統領を支持しているというより、トランプ現象をチャンスと見て、米国の政治・経済・社会を新しい方向に持っていこうとしている。そうした若手の一人がキャス氏である。「改革保守派(リフォーモコン)」の代表的知識人だ。キャス氏は日本での講演でも、米国で起きている「絶望死」の問題を強調していた。今世紀に入って、高卒以下の学歴層(主にブルカラー労働者)の間で自殺や薬物・アルコール中毒を原因として、死亡率が上がっている現象だ。他の先進国には見られず、似た例は冷戦後、ソ連が崩壊した後のロシアにあった。つまり、「絶望死」は、米国が旧ソ連のように崩壊していることを暗示しているのだ。

 キャス氏の来日はトランプ大統領による「相互関税」発表と偶然重なった。発表の一部である世界一律10%関税追加は、数年前からのキャス氏の提案であった。このため日本では、キャス氏はトランプ政権が打ち出す強硬策の仕掛け人と見られた。だが、そうした理解だけでは、キャス氏の本質を見誤ることになる。その思想は著書『ザ・ワンス・アンド・フューチャー・ワーカー(よみがえる労働者)』(2018年、未訳)などに明確に示されている。

◇コミュニタリアニズム(共同体主義)との共鳴
 新しい改革保守政治が目指すのは、「安い消費財や潤沢な所得再配分」ではない。「やりがいのある仕事と強靱な家庭、健全な共同体」であると強調している。市場原理主義、減税、規制緩和、自由貿易、低賃金労働、企業利益拡大だけを目指すような政治とは決別するとも宣言している。単に利潤を生みだすのではなく、「市場よりも(人々が抱く)価値観を重視する」資本主義を唱え、「共通善(コモン・グッド)」の探求を強調するキャス氏の議論は、明らかにコミュニタリアニズム(共同体主義)の系譜にある。
 キャス氏が関税引き上げも道具のひとつにして新しい国際経済システムを構築するよう提唱するのを聞いて、日本の経済専門家らは「まったく理解を超える」と呆気にとられた。やむを得ないかもしれない。

 国境の意味をなくしていく従来の自由貿易の考え方は、思想的には古典的リベラリズムを基盤としている。その核になっているのは個人の自立と権利、市場主義、政府権力の制限などである。リベラリズムに対抗するコミュニタリアニズム思想を基礎に、まず家庭の立て直し、コミュニティの再建から始めて国際経済システムを組み立て上げていく構想というのは、日本の経済専門家にとって、まったく想定外だろうし、おそらく初めて聞く議論だろう。分からないことにぶつかると「相手がバカだから」とはねのけるのは、日本の知識人によく見られる傾向でもある。

 ほとんどの日本の「専門家」がそのような否定的反応を見せたなか、キャスの掲げた新しい国際経済と関税にあり方に、新しいルールづくりのきっかけを見た国際通商専門家もごく少数いたのは、興味深かった。さらに、トランプ政権の関税政策について、国際法学者が以下のような提案を行ったのには、我が意を得た思いがした。トランプ現象を侮ることなく、そこから未来へ向け建設的に進もうとする姿勢だ。

 「……根本的な課題は、グローバル化で深刻な被害を受けている人々の不満が呼び起こす、自由貿易体制への激しい敵意を緩和することだ。これには、雇用の確保や安定などの要請を国際法上の議論に組み込むことで、その不満に法的な表現を与え、秩序の改善を志向する議論へと導くしかない」(2025年5月5日付朝日新聞、西平等・関西大教授「寄稿」)
 日本は、長期的にはこの提言の方向で国際通商交渉の議論をリードしていったらよい。コミュニタリアニズムに影響された、トランプ政権を動かす若い、新しいイデオローグたちと接点を見つけ出すことができる道だ。

◇ニューディール・リベラリズムの脱皮の道は
 トランプ現象以降の米国では、代表的コミュニタリアンであるハーバード大学のマイケル・サンデル教授による能力主義・学歴主義批判が広く注目されたように、コミュニタリアニズムが単に学術論争としてだけでなく、現実政治でも意味を持ち出した。トランプ第1期目政権の途中で出版されたノートルダム大学の「カトリック・コミュニタリアン」であるパトリック・デニーン教授の著書『リベラリズムはなぜ失敗したか』(2018年)が広く波紋を広げたのも、米国が新しい道を模索していることを示している。デニーンはトランプ政権を支える知識人集団に加わっている。

 米国における強靱なリベラリズムの伝統は揺るがないだろうが、それがどう変化するか注目したい。かつて大恐慌と大戦に直面したリベラリズムは、社会主義の要素を取り込むようにして、生まれ変わった。ニューディール・リベラリズムだ。それから80年、今度はコミュニタリアニズムと妥協して、脱皮するのかもしれない。トランプ現象はその触媒だと考えてみたらどうか。

【略歴】
会田 弘継(あいだ・ひろつぐ)
 1951年生まれ。東京外大卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長、青山学院大学教授、関西大学客員教授などを務める。現在共同通信客員論税委員。著書に『破綻するアメリカ』(岩波現代全書)、『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、『それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史』(東洋経済新報社)がある。

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