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中居・フジテレビ問題──芸能エンタメ界、巨大テレビ局にはびこる悪しき土壌
 中森 明夫(作家、評論家) 

東京・お台場の「自由の女神」像とフジテレビ本社ビル

社会・教育

「放送100年」の節目に──
 テレビジョン “断末魔の叫び”に目を逸らすな

◇第三者委による調査報告……ハラスメント被害が蔓延した企業風土
 今年の3月は日本の「放送100年」を画する月であった。1925年(大正14年)3月22日、我が国で初のラジオ放送が発信されたのだ。NHKでは「放送100年プロジェクト」と称して盛んに特集番組を流していた。その3月末日にフジテレビで記者会見が行われたのは、あまりにも象徴的な出来事だったと言えるだろう。100年といえば人間では100歳で、その寿命の末期を思わせる。さながらテレビ自身の末期の叫びを聞くような、そんな会見であった。

3月末日、利害関係を持たない弁護士で構成する第三者委員会の報告書の抜粋。資料・図表なども含めて390頁超。プライバシーや機密情報などを保護する観点から一部非開示となった=中澤雄大撮影

 まずは中居正広の問題に端を発するフジテレビ第三者委員会による報告会見があった。約400ページもの調査報告書が発表されている。「全社的にハラスメント被害が蔓延」「セクハラに寛容な企業体質」「経営判断の体をなしていない」等、厳しい文言が並ぶ。ハラスメント事例の細部がこれでもかとばかりにひどいエピソードのてんこ盛りで、めまいがした。「不祥事の次元が違った」とはスポンサー企業の驚愕の声で、これでは一斉降板したCMスポンサーが同局に戻ってくる日は遠いだろう。

◇大きく裏切った「中居正広」というイメージ
 ところで端緒となった中居正広問題である。フジの女性社員とトラブルがあったと「週刊文春」が報じた。女性は心身を病み、同局を退社している。中居とは巨額の和解金で示談が成立し、守秘義務によりトラブルの内実はわからない。それでも続報が相次ぎ、遂に中居は芸能界の引退を表明するに至った。

中居問題を巡るフジテレビの会見などを詳報するスポーツ紙と全国紙=中澤雄大撮影

 この中居に女性をアテンドしたのが、上司であるフジの編成幹部の男性であったと報じられたことから、問題はテレビ局を巻き込んでゆく。港浩一社長の閉鎖的な会見が総スカンを喰らい、CMスポンサーが一斉降板、株主の米国ファンド企業からも「Outrage! (激怒している!)」と痛烈な抗議表明がなされた。その結果、今回の第三者委員会による調査報告となった次第だ。

 報告書によれば、女性は同局の元アナウンサーであり、トラブルとは中居の彼女に対する性暴力であると明言された。衝撃的である。さらに先の編成幹部と中居との削除されたメールのやり取りが、デジタルフォレンジックと称する技術によって復元された。公表された内容は生々しく、被害女性に対するあまりに心無い言葉の数々が並ぶ。編成幹部の非道さは厳しく非難されたが、さらにそこで露わになった中居の像はこれまでの彼のイメージを大きく裏切るものであった。

◇一本の線でつながってゆくジャニーズ事務所─SMAP解散─フジテレビ
 中居正広はSMAPのリーダーだった。SMAPは国民的人気をはくしたアイドルグループである。『世界に一つだけの花』は300万枚を突破、平成最大のヒット曲となった。ところが2016年、突如、解散している。実は、ここにもフジテレビが関与していた。

 フジテレビの『SMAP×SMAP』は1996年から20年間も続いた。超人気番組である。2016年1月、そこでメンバーらが謝罪する姿を生放送で伝えた。いったい何を謝罪しているのかわからない。大いに物議をかもした。
 どうやらメンバーらは所属事務所から独立を画策して阻まれたらしい。唯一、事務所側に付いた木村拓哉の主導による謝罪会見となったようだ。それはあまりにも無惨な姿であった。ゴールデンタイムの彼らの看板番組で、既に40歳前後となった国民的大スターたちが赤恥をかかされたのだ。「公開処刑」とも呼ばれた。こんなものを放送したフジテレビは本当にどうかしている。結局、SMAPは記者会見も解散コンサートもやることなく空中分解するようにして消滅した。

黄昏のお台場。左手はフジテレビ本社ビル

 さて、それを強いたのがジャニーズ事務所である。1964年の創業以来、半世紀以上も隆盛を誇った老舗芸能プロダクションだ。若い男性アイドルに特化して、数多くの人気グループを世に送った。ジャニー&メリー喜多川の姉弟が長く事務所を統括したのだ。ジャニーは2019年に87歳で、メリーは2021年に93歳で、相次いで亡くなっている。
 2023年、英国のBBC放送が故・ジャニー喜多川の生前の行状を調査したドキュメンタリーを放送した。長年にわたり多数の少年たちに対して性加害を続けていたという。世に衝撃を与えた。メリーの娘、藤島ジュリー景子社長がこれを認めて謝罪、外部による調査の末に驚きの事実が明らかとなる。1000人以上もの被害申告がなされた。ジャニー喜多川は「人類史上最悪の性加害者」と指弾されたものだ。結局、ジャニーズ事務所は消滅するに至る。

 中居正広は2020年、ジャニーズ事務所を離れ、個人事務所を設立した。稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾の3人は既に退所して「新しい地図」と称して活動を共にしている。しかし、レギュラー番組が終了してテレビから姿を消した。ジャニーズ事務所から圧力を受けて、「干された」のだと言われている(公正取引委員会がジャニーズに対して注意勧告を与えた)。木村拓哉だけが事務所に残ったが、ネット世論では彼を「裏切り者」扱いする者も多い。結局、中居だけが「うまくやった」ように見える。独立を果たしたが「干される」こともなく、各局のテレビ番組でレギュラーMCを務めた。ジャニーズ発のタレントとしてはもっとも多くテレビに顔を出して圧倒的な知名度を得ている。そんな彼が突然、姿を消したのだ。その衝撃たるやはかり知れない。

旧ジャニーズ事務所本社

◇より良い放送101年目に向けて
 SMAPの解散、ジャニー&メリーの死、ジャニー喜多川の性加害の告発、ジャニーズ事務所の消滅、中居正広の引退、フジテレビの解体的惨状……とこれら一連の出来事は、どこかで繋がっているように見える。それはジャニーズ事務所という我が国で最大メジャーでありもっとも影響力を持った芸能プロダクションの根幹に、長年にわたる創業者の「性加害」があったこと。ひいてはジャニーズ発で国民的アイドルグループとなったSMAPのリーダーが、後に「性暴力」によって芸能人生命を絶たれたこと。そうして、その舞台を用意して「性加害」や「性暴力」を幇助したのが、フジテレビのハラスメント体質だったということ。つまりは輝かしい芸能エンターテインメントや巨大テレビ局こそが、実は「ハラスメントの連鎖」を生む悪しき土壌だったという事実だ。

 長く芸能やアイドルを批評する仕事を続けてきた者として、この冷徹な事実を直視するのはなんともやりきれない。しかし、くしくも日本の「放送100年」を画する年に明らかとなったこれらの惨状から決して目をそらすことなく、テレビを舞台とする芸能エンターテインメントの世界が、より良い第二世紀──「101年目」以降を迎えることを祈念したいものである。(敬称略)

【略歴】
中森 明夫(なかもり・あきお) 作家、評論家
1960年、三重県生まれ。80年代から「新人類の旗手たち」(『朝日ジャーナル』)の一人として活躍し、各種メディアに執筆・出演。「おたく」という語の生みの親となる。小説『アナーキー・イン・ザ・JP』が三島由紀夫賞候補となる。主著に『アイドルにっぽん』『東京トンガリキッズ』『午前32時の能年玲奈』『寂しさの力』『アイドルになりたい!』『青い秋』『TRY48』など多数。近著に『推す力 人生をかけたアイドル論』。エンタメからアイドル、政治、社会、文芸、映画など多彩な視点で世相を切り取ってみせ、11年目を迎えた『毎日新聞』「ニッポンへの発言」も好評連載中。

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