韓国紙初の日本人特派員が見た日韓関係(下)
大貫 智子(『中央日報』東京特派員)
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ソウル中心部「光化門」の交差点には、尹錫悦大統領の弾劾賛成派(左)と弾劾反対派(右)の横断幕が掛かっていた。韓国社会は分断が一層深まっている=3月11日、大貫智子撮影
日韓で似て非なるメディアの位置付けと役割
韓国メディアは「ファクト」より「論」を重視
◇日韓は漢字語圏──同じ文字でも異なるニュアンス
『中央日報』入社後の1年間、さまざまな試行錯誤を繰り返してきた──と、私はよく日韓両国の友人、知人に話してきた。「韓国メディアの中に入り込み、いろいろな取り組みをしてきた」との意味であることは、日本人同士であれば説明不要だろう。日本語の「試行錯誤」は、どちらかと言えば前向きなイメージがあると思う。

韓国側の報道陣として取材した日韓外相会談=東京都内の外務省飯倉公館で3月22日、大貫智子撮影
しかし最近、同僚との会話を通じて、韓国では異なった受け止めをされるということを知った。韓国語の「試行錯誤があった」には、“うまくいかなかった”というマイナスのニュアンスを伴うのだ。例えば、管理職が「自分の就任前まで、いろいろな試行錯誤があった」と言うと、前任者の取り組みを否定することになるのだという。この話を聞いて以降、韓国語では使わないように気をつけている。
日本語と韓国語は語順がほぼ同じであるうえ、韓国語の半分以上は漢字語(漢字に置き換えられる言葉)だ。「試行錯誤」も漢字語である。私の韓国語学習歴は15年にも満たないものの、日本人が韓国語を学ぶ際に最も留意すべき点の一つは漢字語だと理解していたつもりだった。日本語と意味が同じように見える言葉の中で、ニュアンスや使い方に違いがあるケースが少なくないためだ。韓国企業に入社し、中から韓国社会を眺めることで、まだまだ知らないことが多いのだと改めて気付かされた。
◇事実に基づき問題提起する日本 あるべき国の姿を論じる韓国
このように、似て非なる両国において、メディアの位置付けや役割も大きく異なると実感している。
新聞やテレビのことを、日本では通常、「メディア」と呼ぶ。これに対し、韓国は「言論」と言う。取材を重ねることで新たな事実を発掘し、問題提起することに主眼を置く日本に対し、国のあるべき姿を提示するのが韓国の「言論」だ。両国の識者やメディア関係者の間ではよく、「日本はファクト、韓国は『論』重視」と比較される。韓国各紙の日本語サイトの記事を目にしたことのある読者は、日本の比較的淡々とした報じ方との違いを感じるのではないかと思う。
「言論」の特徴が最も端的に表れるのは、政治に関する記事だ。4月4日にあった尹錫悦前大統領に対する憲法裁判所の弾劾、罷免について見てみよう。『中央日報』は週末版(※韓国各紙はいずれも毎週日曜は休刊)である『中央サンデー』の一面に1本のみ記事を掲載した。

尹錫悦前大統領の弾劾、罷免について報じる4月5日付『中央サンデー』一面
メーン見出しは「尹大統領罷免 これからは政治の革新」で、記事は新聞紙面の4分の1ほどと短かった。紙面中央を占めたのは、白抜きにされた尹氏を模った写真だった。大統領は失脚し、新しい政治を作っていかなければならないという強いメッセージ性が感じられた。
日本に関しては、「日本はこんな工夫をしている」という韓国の参考例となるような記事を求められることが多い。最近は、トランプ米大統領との関税交渉にどう臨んでいるか、という点への関心が高い。どのようなテーマの記事であっても、直接、間接的に「韓国はもっと努力すべきだ」といった「べき論」や、政権批判がついて回る。
筆者は毎日新聞に24年間勤め、客観報道に徹するよう叩き込まれてきた。わずか1年で「ファクトより論」の世界に慣れたとは言い難い。日本人である自分が、「日本にはこんな素晴らしい取り組みがある」と紹介するのも気が引ける。記事のメーンテーマ(日本語からとった「ヤマ」と呼ぶ)について、上司や同僚に相談しながら当初案の修正を重ねる日々を送っている。
◇政治と一体化する「言論」
論を前面に押し出すだけに、政治色は日本メディアよりはるかに強い。前稿で記したように、『中央日報』は中道保守を自任している。それでも、2024年12月の尹氏の戒厳令宣布については、保守系大統領であっても、『中央日報』のみならず、さらに保守色の強い『朝鮮日報』も「容認できない」という立場だった。

進歩系とされるMBC本社前に送りつけられた保守系団体からの「弔花」=24年3月12日、大貫智子撮影

中央日報本社ビル。入社後、ここで2週間の研修を受けた=24年3月14日、大貫智子撮影
保守系新聞が保守系大統領を非難すると、保守層の強い反発を招く。関係者によると、『朝鮮日報』は戒厳令宣布直後に読者の購読解除が相次ぎ、やむを得ず尹氏への批判は社説で展開するにとどめ、他の一般記事ではトーンをやわらげたという。
こうした事情は、テレビ局も同様だ。韓国には地上波3局(KBS、SBS、MBC)〔註1〕と、大手新聞社系の総合編成チャンネル4局(TV朝鮮、チャンネルA、JTBC、MBN)〔註2〕、通信社系のニュース専門チャンネル2局がある。地上波と総合編成チャンネルは、新聞よりさらに政治的な立場を旗幟鮮明にしている。政治情勢と視聴率が直結しているためだ。進歩系の勢いが強い時は進歩系のテレビ局が、保守系の支持が強い時は保守系のテレビ局の視聴率が伸長する傾向がある。
韓国ギャラップの世論調査がそれを裏付けている。24年12月発表(同年10~12月実施)の調査結果によると、「最も楽しんで見ているニュースチャンネル」との問いに対し、地上波で最も進歩色が強いMBCが28%に上り、圧倒的な1位だった。また、自身の政治的スタンスについて「進歩」と答えた人の50%が「MBC」と回答し、同年7〜9月に実施された同じ調査の40%と比べると、急速に視聴者が増えたことを物語る。この間に起きた出来事と言えば、尹氏の戒厳令宣布である。
それだけに、MBCの記者は、6月3日に実施される大統領選の世論調査で独走する進歩系・共に民主党の李在明前代表を非難するような報道はできない、という悩みを抱えていると側聞する。先述の『朝鮮日報』の例と同様、視聴者からの非難にさらされないようにするためだ。
既存メディアの世界でも、「エコーチェンバー現象」〔註3〕が起きていると言っていいかもしれない。社会の分断の深さの表れなのか、メディアが分断を助長しているのか、考察していく必要がある。
◇世論の動向に敏感……根底に既存メディアへの不信
世論の動向にも非常に敏感だ。印象的だったのは、16~17年にあった朴槿恵大統領(当時)の弾劾に向かう流れだ。当時は国民の圧倒的多数が朴氏の弾劾を求めており、主催者発表で最大100万人規模に達する集会が開かれた。毎週土曜日の弾劾賛成派の集会は各社とも大々的に報じた。実は同時に、数千〜数万人の小規模ながら、朴氏を支持する人々の集会も開かれていた。『毎日新聞』ソウル特派員だった筆者も取材したが、保守系新聞を含めて大半の韓国メディアは目立った報道をしなかった。

政治の中心であった旧大統領府「青瓦台(チョンワデ)」も現在は一般開放されている。有権者が直接投票で大統領を選ぶ韓国では、政治と国民の距離が近く、関心は大変高い
次第に朴氏を支持していた人々の間では、「新聞やテレビは真実を伝えない」という不満が募り、数十万人のフォロワーを持つユーチューバーが次々に誕生した。戒厳令宣布にあたり、尹氏は「(野党が大勝した)24年4月の総選挙は不正だった」という極右ユーチューバーの影響を受けていたと指摘される。朴氏と尹氏の弾劾理由は異なり、単純な比較はできないものの、尹氏の弾劾反対派が2〜3割に上った底流には、8年前から増幅し続けた既存メディアへの不信感があるのではないかと思う。
メディアが政治や世論の動向に常に神経を張り巡らせているのは、それだけ政治と国民との距離が近く、関心が高いからだろう。韓国では、有権者が大統領を直接投票で選び、1票でも多い候補者が勝つ。政権によって政策は180度変わり、政府や民間企業の人事にも大きな影響を及ぼす。東京に駐在する記者や企業関係者たちも、日本にいながら韓国政治について常に語り合っている。
韓国の有権者でない筆者が、こうした「言論」の世界でどのような役割を果たせるのかは分からない。ただ、日本にいながら日韓両国を同時に眺められる貴重な経験となることだけは間違いないと考えている。
【註釈】
註1=KBSは韓国放送公社。SBS(旧ソウル放送)は民間放送。MBC(文化放送)は株式会社形態の公共放送で、筆頭株主は公益財団・放送文化振興会
註2=韓国では有料ケーブルテレビへの加入率が高く、保守系新聞社が提供する「総合編成チャンネル」では報道分野にとどまらず、教養やドラマ、娯楽、スポーツなど全ジャンルを提供する。TV朝鮮は朝鮮日報系、チャンネルAは東亜日報系、JTBCは中央日報系、MBNは毎日経済新聞系
註3=ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心を持つユーザーをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくるという状況を、閉じた小部屋で音が反響する物理現象にたとえたもの。笹原和俊・東京科学大教授の著書『フェイクニュースを科学する──拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』(化学同人)より
大貫 智子(おおぬき・ともこ) 1975年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2000年毎日新聞社入社。前橋支局、政治部などを経て13〜18年、ソウル特派員。24年3月から韓国紙『中央日報』東京特派員。著書に小学館ノンフィクション大賞受賞作『愛を描いたひと──イ・ジュンソプと山本方子の百年』(小学館)、共著に『日韓の未来図──文化への熱狂と外交の溝』(集英社)、『韓国語セカイを生きる 韓国語セカイで生きる──AI時代に「ことば」ではたらく12人』(朝日出版社)。