ストーカー規制法成立25年──なぜ被害は後を絶たないのか(下)
清水 潔(ジャーナリスト)

サッカーの試合の応援に出かけるなど「お父さん子」だったという猪野詩織さん=父憲一さん提供
不足していた市民救済の精神──警察の使命を貫き
詩織さんが遺してくれた教訓と法律を活かせ──
◇違法との線引きが難しいストーカー行為
「桶川事件」で、詩織さんが受けた数々のストーカー行為は、現在であれば規制法違反となる。「つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その現に所在する場所若しくは通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと」(ストーカー行為等の規制等に関する法律第2条第1項第1号)。
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清水潔さん著『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』(新潮社刊)
だが、法律はできたがその後のすべての事件が解決するわけではなかった。そもそもストーカーの抑制は極めて難しく、精神科医等のカウンセリングや治療の領域であるという意見も多い。対象が交際相手の場合など違法との線引きも難しい。更に新たなストーカー行為としてネットでの犯行にも対応せねばならなくなり、これまでに3度にわたる法改正も行われてきた。それでも被害者が警察に相談後に悲惨な事件が起こるケースは続いた。私が取材に関わっただけでもかなりの数だ。いくつか例を上げてみたい。
2011年に長崎県西海市で発生した「長崎ストーカー殺人事件」。被害女性の実家で母親と祖母の二人が男に殺害された。事件前から男に暴力行為を受けていた女性が警察に相談、警察は事情聴取や警告を行ったものの逆にストーカー行為は激しさを増した。女性が千葉県警習志野署に被害届を出しに行った際には、その受理を先送りして署員が慰安旅行をしていたことも判明し批判を浴びた。
翌年起こった「逗子ストーカー殺人事件」。被害を警察に訴えていた女性が殺害されてしまう。事件を防止できなかっただけではなく、そもそも神奈川県警や逗子市役所から被害者の個人情報が加害者に漏洩していたことが判明する〔註1〕。これでは相談が逆に仇になったようなものではないか。
13年には東京都三鷹市で、高校3年生の女子生徒が元交際相手の男に自宅で殺害されるが、被害者は事件当日の午前中に警察署を訪れストーカー被害を相談したばかりだった。23年の「博多ストーカー殺人事件」では、福岡県警が加害者に対し、被害者へのつきまといを禁じる禁止命令を出していたが、男は被害者の会社近くで待ち伏せ、つきまとったあげく刃物で殺害した。逮捕されても男は「(自分は)ストーカーではない」と言い続けていたという。その博多駅前の現場の歩道にも、多くの花束や飲み物、被害者に宛てたメモなどが手向けられていた……。
◇「桶川」と類似点多い「川崎ストーカー事件」──警察内部で生かされなかった教訓
そして川崎でのストーカー事件だ。被害者の岡崎彩咲陽さんは昨年から神奈川県警に男とのトラブルを何度も相談していた。12月には「元交際相手が家の周りをうろついている」などと警察に連絡、わかっているだけでも岡崎さんの携帯電話から川崎臨港署へ9回の通話記録が残っていたという。

昨年3月19日付で川崎臨港署に着任した石崎弘志郎署長は「地域の皆様が、未来に向けて安全で安心して暮らせる地域社会を実現するために、全力で取り組んでまいります」と挨拶していた(神奈川県警HPより)
しかし警察はストーカー規制法に基づく措置をとらなかった。同じ月の20日頃に岡崎さんが行方不明となる。自宅のガラスが割れていたなど、外形的に事件性が高かったにもかかわらず遺体が発見されるまで4カ月かかった。今月になって元交際相手の白井秀征容疑者(27)が死体遺棄の疑いで逮捕されたわけだが、全ては遅すぎた(5月28日にストーカー規制法違反の疑いで再逮捕)。
驚くのはそれからだ。事件後に県警が行った会見では「ストーカー被害に関する相談を受けていた認識はなかった」などと弁明。ところが実際は、被害者どころか白井容疑者本人が警察に対しストーカー行為を認めていたということが発覚する。「12月12日に電話で別れを切り出されて、話がしたかったから、この日から17日にかけて家の前や職場の付近に行った」などと説明したという(NHKニュース5月6日など)。
それだけではない。逮捕された男の親族が1月中旬に県警に「(容疑者が)殺してしまったかもしれない」という話をしていたというのだ。捜査の怠慢だけではなくどうやら隠蔽までが始まっているようだ。詳細は今後の調査で明らかになっていくのだろうが、桶川事件との類似点は多く、警察内部で教訓は生かされてきたのだろうかという疑問を持たざるを得ない。
◇警察は「大きな窓口」で「小さな声」を聞いて
この事件について、詩織さんの父・憲一さんと話した。
「似ていますよね。私はストーカーに関して警察で講演を依頼されることが多いじゃないですか、そんな時は『みなさんは市民に対して大きな窓口を開いていて欲しい。小さな声を聞いて欲しい。正義を持って法の下で市民を守れるのはあなたたちだけです。多いに期待しています』などと話すのですが、今回のようにまったく逆のことをする警察には怒りが込み上げてきます。自分が助けてやる、という決意がないとしか思えないんです」。さらに「桶川事件当時と比べると、ストーカー規制法ができただけでもすごく動きやすくなっているはずなのに」と被害者を救えなかったことを残念がった。

事件発生から25年。シンポジウムで現在の心境を語る猪野詩織さんの両親、憲一さんと京子さん=2024年11月30日、中澤雄大撮影

猪野詩織さんが7歳の時に書いた未来(2001年)の自分に宛てたメッセージ。タイムカプセルを開封できなかった悲劇を忘れてはならない=2024年11月30日、中澤雄大撮影
「私たちや清水さんがやってきたことは、いったい何だったんだと思いますよ……」。電話を通じての取材だったのだが、途中からお互いに嘆きのような雑談になってしまった。
その憲一さんが講演などでいつも口にする言葉がある。「詩織は3度殺された。ストーカー達に命を奪われただけではなく、助けてもらえると信じた警察に裏切られ、事実と異なる心ない報道を続けるメディアに尊厳を踏みにじられた」。それでも憲一さんは警察で講演をする。報道被害を受けたメディアの取材も断らない。それはあの事件を教訓にして、少しでも社会が良い方向へ向かって欲しいと願っているからだ。だが今、繰り返される現実はあまりに悲しい。それは「桶川事件」取材後に私の中に残った不消化な感情と似ているのかもしれない。
◇横たわる大きな溝──被害者側は「予防」を期待 警察側は「事件後」の対応重視
それは、上尾署の刑事は「これ以上余計な仕事を抱えたくなかった」という動機で告訴事件を放置したのに、その怠慢をいつの間にか「取り締まる法律がないから救えなかった」というもっともらしい理由に変質させたのではないか、という疑念だ。そして法律が存在する25年後の事件では「ストーカー被害に関する相談を受けていた認識はなかった」と言い出したのである。なぜこうなるのか? 何か本質的な問題が警察にはあるのではないのか?
思い当たる理由をここに示しておきたいと思う。
刑事訴訟法の理念は「公共の福祉の維持、基本的人権の保障、真相の究明、適正かつ迅速な裁判の実現」とされている。そして刑事捜査における実務は「犯罪が起きたあとにその真相を明らかにし、犯人を適正に処罰するための手続きやルールを定めた法律」となる。つまり「事件後の対応」だ。法律論として正しいし、刑事罰の一罰百戒という考えを否定するつもりはない。だが、その延長線として警察内に蔓延ったのは行き過ぎた成果主義だ。検挙率や成績を向上させることに走り、警察官個人の出世や表彰までが「事件後の対応」で塗りつぶされてしまっているのだ。

清水潔さんの取材報道、ストーカー規制法の国会成立に至る経過=猪野さん夫妻のスライドから。2024年11月30日、中澤雄大撮影

事件発生から25年を受けて、猪野詩織さんの両親、憲一さんと京子さんがシンポジウム会場で呼びかけたメッセージ=2024年11月30日、中澤雄大撮影
一般市民の思いはどうだったか? 自身が危険を感じた際「助けて」と警察に相談することは常識的な判断だろう。憲一さんの言う「法の下で市民を守れるのはあなたたちだけです」である。恐怖を感じた市井の人々が警察に望むのは「救い」なのだ。事件が起きる前に何とかして欲しいと「予防」を期待する被害者側と、「事件後の対応」を重視する刑事捜査の間には大きな溝があるのだ。
はっきり言おう。詩織さんが見殺しにされた原因は法律の不備などではなかった。謝罪した県警本部長自身が「名誉毀損の捜査がまっとうされていれば、このような結果(詩織さんの死)が避けられた可能性もある」と公言したのだ。問題は法律ではなく運用であり、不足していたものは市民を救おうとする警察の精神だった。
警察法第2条にはこう記されている。「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする」。個人の生命の保護や犯罪の予防は、被疑者の逮捕より先行しているのだ。これこそが今回求められていた警察への期待なのではないのか?
運用できる法律をフルに活かし警察官の使命を貫いてくれていたら、この25年間に起きたストーカー事件の結末も変わっていたのではないのか……そう思うと残念でならない。
◇予防に尽くした捜査事例、警官を高く評価せよ
こう見てくると、果たしてストーカー規制法は役に立っているのだろうかという疑問が浮上してくるかもしれないが、そんなことは決してない。トラブルの初期段階で、警察が発した禁止命令などが機能し解決に導けた案件は水面下に大きく広がっているはずだ。ニュースにはならないそうしたケースこそが予防の成功例なのだ。

晴れ着姿で記念写真に収まる在りし日の猪野詩織さん=猪野憲一さん提供
ならば、警察庁指導の下で検挙率だけを重視するのではなく、予防に尽くした捜査例や警察官を高く評価する制度を導入して欲しいと思う。今でも正義感あふれる警察官はいるし、市民を守るために警察官を目指す若者も多いことを私は知っている。どうか、その気持ちを大切に育てて欲しい。
そして何より規制法の最大の功績は、「ストーカー行為は犯罪である」ということが周知されたことだろう。これがどれほどの多くのストーカー行為にブレーキをかけてきたかということだ。
「私が殺されたら犯人は小松」。そう言い残すことしかできなかった女子大生が遺してくれた一つの道筋がストーカー規制法であると信じ、大切に運用すべき法律なのだ。ストーカー法が成立した2000年5月18日は、詩織さんが22歳となるはずの誕生日だったことを私達は忘れてはならない。
<註釈>
註1=殺人事件の約1年半前に神奈川県警が男を脅迫容疑で逮捕する際、逮捕状記載の被害女性の結婚後の名字、住所の一部を男の面前で読み上げていた。さらに女性の夫を騙った探偵業者による電話に対し、逗子市納税課職員が閲覧制限のかかっていた女性の現住所を回答し、結果的に住まいが男に伝わってしまった。

清水 潔(しみず・きよし) ジャーナリスト、危機管理コンサルタント
1958年東京都出身。新潮社『FOCUS』編集部記者などを経て、2001年より日本テレビ報道局へ。調査報道やドキュメンタリー番組を多数制作し、報道局特別解説委員などを歴任。「桶川事件」では警察より先に犯人を特定し、「足利事件」では冤罪の可能性を確信、キャンペーン報道を続けて無罪へとつなげた。10年以上にわたって取材・番組制作における危機管理を担当。早稲田大学大学院非常勤講師も務める。主な受賞歴に警視総監感謝状、日本ジャーナリスト会議大賞、日本民間放送連盟最優秀賞、日本民間放送連盟テレビ報道部門優秀賞、新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞、ギャラクシー賞優秀賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)。主な著書に『桶川ストーカー殺人事件──遺言』『殺人犯はそこにいる』『「南京事件」を調査せよ』『騙されてたまるか 調査報道の裏側』『鉄路の果てに』など。共著に『裁判所の正体 法服を着た役人たち』など。